どくとるさんの日記

(Web全体に公開)

2013年
04月22日
23:04

死ぬほど辛かったチャレンジ富士五湖112㎞

タグ : マラソン
昨日、山梨県にてチャレンジ富士五湖ウルトラマラソン112㎞の部、完走してきました。実に制限時間の2分32秒前のゴールというギリギリっぷりでした。前半、7時間にわたって強い雨が降り、もっと乾燥していれば完走も楽だったのになあ、というのが率直な感想です。

以下にその詳細を書きますが、書きたいことを全部書いたらめっちゃ長くなったので、かったるいと思われた方はどうか読み飛ばしてください。


今回のマラソン、112㎞に対して制限時間が14時間半と、100㎞に対して13時間のサロマ湖100㎞と比較してややゆるい時間制限になっています。にもかかわらず、前半56㎞通過時点でのタイムが7時間10分くらい。つまり、そこまで56㎞の道のりを踏破して疲れている足で、残りの56㎞を走らなければならないという事です。普通こんなこと(前半で時間を半分使ってしまう事)は起こらないのですが、今回は下記のような諸事情があったのです。

・低体温症の危機
一言でいうと、最もきつかったマラソンでした。気温が4度くらいしかない中、前夜からの雪が雨に変わってざあざあと降り続いており、まともな人間なら外を走ったりはしない状況でのスタート。周りは何と、雪景色です。雨予報は知っていたので、自分なりに雨対策はしたつもりだったのですが、低い気温と予想を遥かに上回る強い降りの前に、レインウェアを兼ねていたウインドブレイカ―も3時間ほどで遂に屈して、中までぐしょぐしょに。道路には川のように雨水が流れ、足の指先が冷たさでじんじんします。段々と体温が奪われて、「やばい、このままじゃ完走できない」と本格的に危機感を感じ始めました。
このとき、私の胸に去来したのが昨年読んだ「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」です。あの事件で、多くの死者が出た最大の原因は雨による水濡れと強風のコンボでした。リアルに命の危険すら感じました。

そこで、30㎞地点で発見したローソンに駆け込み、「カッパ、ありませんか?」と聞いてみたところ、残念ながらないとのこと。しかし、見ると他のランナーさんが店の人に90リッターくらいの大きなビニール袋をもらって、穴をあけて着せてもらっていました(マラソンでよく見かける即席レインウェアです)。「じゃああれは……?」と聞いてみると、「差し上げますよ」とのこと!ありがたーく一枚頂戴し(買ったのではありません、もらったんです)、ハサミも借りて穴をあけようとしましたが、手が凍えてうまく切ることができません。親切な店員さんが見かねて「切りましょうか?」と言って切ってくれ、なんとか着ることができました。

この簡易雨合羽の効果は絶大で、以降は降り続く雨の中、体温の低下をばっちり防いでくれました。依然として体はぐしょぬれなんですが、それ以上の水の供給と風を防いでくれたので、ウェットスーツの原理でけっこう暖かいのです。

・トイレでのタイムロス
そのような状況で、めっちゃ寒かったので汗などほとんどかかなかったようです。給水所ではいちおうセオリー通り必ず水を飲むようにしていたのですが、飲んだ水がそのまま出ていく感じで、頻繁にトイレに行きたくなりました。まあ、トイレは頻繁にあるんですが、同じ理由でランナーの列がどこのトイレにもできており、1回トイレに行くのに2分~5分かかります。それが数キロに一回あるので、トイレでのロスだけで大変なものになりました。推定30分以上です。

・エイドでのタイムロス
次に大きかったロスが、エイド(給水・給食所)でのロスタイムです。極厳に近い状況下で、食べ物をしっかり取ってエネルギーを補給することが重要だったことと、全体的にエイドがすごく充実していたこととがあいまって、私を長っ尻にさせました。一般的なマラソン大会の時にエイドに使う時間の3倍くらい使ってしまったような気がします。

・重さによるタイムロス
上述の通り、体は頭からつま先までまんべんなく濡れており、沢山着こんだ衣服がたっぷり水を吸って、かなり重くなっていたようです。70㎞地点の本栖湖で事前に大会側に渡していた荷物を受け取ることができるのですが、そこでタイムロスを覚悟で着替えをし、脱いだ服を持ってみてびっくりしました。軽く3㎏はありました。こんな重りをつけて走っていたのでは、遅いわけだと納得でした。このとき、思い切っていらない重さは全部外そうと、靴下も交換し、カメラもゴール地点に送ってしまいました。携帯は非常時の連絡用に残しましたが、かなりの重量が軽減されたはずです。

・後半での時間計算
上述の通り、なんと56㎞の中間地点を過ぎたところで時間を半分使ってしまっていた私は、かなり焦りました。常識的に考えて、後半で前半より速く走れるはずがないので、普通は絶望的な状況なのです。真面目に、時間制限に引っかかってのDNF(did not finish)を覚悟しました。
しかしながら、後半に差し掛かってしつこかった雨が遂にやみ、かなり走りやすいコンディションになっていたので、一応希望もあったのです。ここから、私の長い長いペース計算と時間配分の計算が始まりました。

・まずはペースアップ
とにかく、黙っていたらどうせDNFです。以前の日記で「くれぐれも頑張らないこと」が100kmを走るコツだと書いていた私はどこへやら。なりふり構わず、ペースアップを敢行しました。幸いにして、前半が全然ペースを上げられなかったせいか、思いのほかスピードが出ます。前半のペースがkmあたり6分30秒くらい(トイレやエイドのタイムロスは別)だったのに対して、50㎞~65㎞位まではkmあたり6分くらいで走れていたようです。その調子でずっといければよかったのですが、まあそんなうまい話があろうはずもなく……

・エイドはそこそこに
雨が止んだせいでまた汗が出るようになったからでしょう。エイドで水を飲んでもトイレに行きたくなることが減りました。これにより、トイレロスが大幅に減りました。まずは好材料です。
また、給食もなるべくささっと済ませ、出来るだけ走りながら食べるようにしてエイドでの時間短縮を図りました。実際に、けっこう短縮されたはずです。

・知恵と経験と感情を総動員
今回は、私が11年間のランナー生活で培った知恵と経験を全て出しました。最後は感情の力まで動員して、まさに総力を尽くしたマラソンでした(走力も尽くしました)。その内容を以下に書きます。

・思い切っての着替え敢行
70㎞に到達したころ、太ももがめっちゃ痛くなってろくにスピードが出なくなりました。訳の分からないペース配分になってしまったことによるダメージもあったのかもしれません。
そこで迎えた本栖湖の大型エイド。上述のように、荷物を受け取って着替えをするチャンスです。ここで着替えをするか否か?そこが非常に重要なポイントでした。なぜなら、かじかんだ手と疲れ切ってこわばった体では、着替えも易々とできるはずがなく、10分以上のロスが生じることは間違いないからです。

本栖湖に到達する少し前から、頭をフル回転させてどうすべきか考えていました。ここで判断をミスったら、確実にDNFです。思い切って私が下した決断が、「着替える。そして他の荷物もできるだけ置いていく」というものでした。結果から考えると、成功していたと思います。なにしろ、ここで私がおろした重さは合計で3㎞ほどはあったと思われるからです。

・禁断のアレを使用
更にここで私は思い切った手段に出ました。それはズバリ、痛み止めの服用です。以前に、サロマ湖100㎞ですねの炎症が痛かった時に痛み止めを飲んで走り、結果(筋肉痛も緩和されるため)ペースが上がりすぎて膝を壊してしまった経験があったので、痛み止めは飲むまいと思っていたのです。

しかし、今回は膝は全然痛くなかったし、何よりどうしても完走をあきらめたくなかった。そのためにできることは全てやってやろうという気になっていました。膝を壊した時に医師に処方されていた痛み止めの余りを、思い切ってここで飲みました。効いたのかどうかは分かりませんがそのあとエイドでの休憩で固まってしまった(痛くて動かなくなった)足が、20分くらいでほぐれてくれた(痛さが緩んで動くようになった)のは事実です。

一夜明け、どうやら膝や足首の関節藻無事なようなので、ほっとしています。

・ありがとう、僕のふくらはぎ
もう一つ、痛いふとももを引きずりながら、どうしようか考えていた時(本栖湖を周回していた72㎞地点ぐらいの時です)、ものすごい気づきがありました。ふくらはぎは全然痛くないのです。「あ、もしかして、腿は動かなくても足首なら動くんじゃね?」と思って、足首の返しを強くしてふくらはぎの力で地面を蹴るように走法を変えてみたら、これが劇的に効きました。

この走法の差で、kmあたりのタイムが1分近く縮まったと思います。もともと、トレイルランなどで腿が痛くなっても足首とふくらはぎは痛くならないので、自分は相対的に足首の方が強いんだなあと思ってはいたんですが、想像以上に速くなったので驚きました。よし、いいぞ足首!その調子であと30㎞位もってくれ!と俄然やる気が出てきたのです。

結局、ふくらはぎもこのあと25㎞くらいで売り切れになり、90㎞台後半からはまたてろてろしたペースに戻ってしまいましたが、その間に稼いだタイムはすごかったと思います。頑張ってくれた自分のふくらはぎには、感謝の気持ちすら感じます。

・音楽の力
いつものように、ずっとiPodで音楽を聴きながら走っていたんですが、疲れた体に好きな曲がかかると、一気にアドレナリンが出て突然元気になることがあります。今回はそれに大いに助けられました。特に今回効いたのがウルトラマンナイスの歌。ウルトラマラソンだけにね、という気持ちでウルトラマンのサントラを聞いていたんですが、大好きなウルトラマンナイスの「苦しいとか 辛いとか 疲れてもうダメだとか 僕らと同じで悩むだろうか Hey! Say! Nice! 」という歌詞が心にしみて、めちゃくちゃ元気が出ました。この曲をかけている間は、他の時よりkmあたり30秒は速く走れていたようです。

・最後は……
最後の最後、自分を突き動かした感情は「怒り」でした。この大会、ラスト10㎞が全部上り坂という鬼のようなコース設定なんですが、あまりにもそれがきついのでだんだん腹が立ってきたのです。そして、ラスト3㎞という距離表示を見た時に、「ふざっけんな!あとまだ3kmもあんのかよ!?」と、理不尽な苛立ちが湧きあがってきました。実際に「ふざけんな!」と口に出していました。

更に、とどめを刺したのが「あと大体4・500mですよ」というスタッフの方の言葉。「残り2㎞」の距離表示からGPS時計でずっと距離を測っていた私は、本来もうゴールでなければならないことを知っていたのです。「おい、ふざけんなよ!ゴール遠ざかってるじゃないかよ!だれかゴール持ってってるんじゃないだろうな!?」とこれまた口に出して悪態をついていました。
思い出せる限り、怒りで走ったのはこの時だけです。でも、怒りはアドレナリンを出させ、交感神経を活性化させ、痛みを和らげるので、実は非常に有効なんですよね。
言い換えれば、そこまでしなければゴールを目指せないほど自分は極限だったということです。念のため申しますと、大会の主催者様やボランティアスタッフさん達に対して悪感情は一切ありません。

ともあれ、その最後の頑張りのおかげで、私は14時間27分28秒というギリギリのタイムでゴールすることができました。ゴールした瞬間、ほとんどの人はやり遂げた満足げな表情でゴールするんですが、私の顔はかなり苦々しげで苦しそうな表情だったと思います。

・まとめ
そんなこんなで、かつてないほど苦しかったレースですが、それだけに己の実力を出し尽くして完走をもぎ取れたことに今は満足しています。当分の間、自分の中で一番きつかったレースとして記憶に残り続けると思います。

レース前は、1時間あましくらいの余裕のゴールを想定しており、今でも天候が普通程度なら実際そのタイムで行けたろうと思っています。日本列島を襲った寒波と冷たい雨の中で、まさしく「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」なんとか完走できたことは大きな喜びです。でも、もう二度とこんな目には会いたくないですね。きつかったこのワースト記録が破られることがありませんように。
ぃーね! (5) Juno  rinyu  tosi_nori  ゆかりか  はずれやま 

コメント

2013年
04月22日
23:25

1: Juno

完走おめでとうございます。
過酷なコンディションでよくここまで成し遂げられたと、感動しました。
素晴らしい精神力です。

2013年
04月22日
23:42

おつかれさまでした。

すごいですね この条件で、、、完走本当におめでとうございます^^ 日本大丈夫だと思いました^^すごい精神力^^

2013年
04月22日
23:52

完走おめでとうございます。
涙が出そうなほど過酷な条件下の下
素晴らしい精神力ですね。感動しました。

2013年
04月23日
00:18

Junoさん
ありがとうございます。
私を支えていたのは、「この条件下で完走してのける人たちに負けたくない」という気持ちでした。

すすめさん
恐れ入ります。
日本中に今、ランナーが増えていますので、よい影響があることを願います ^^

猫町さん
ありがとうございます。
人によっては涙していたかもしれません。雨の中の大会があんなにきついとは……

2013年
04月23日
16:10

わぁ~。大変でしたねぇ。。。。
温和そうなどくとるさん『ふっざけんな!』って言うんだぁ。。。過酷だ。。。

2013年
04月24日
15:05

ふらさん
まあ、滅多にないほどの極限状態でしたからね…… ^^;
おはずかしい。

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