ぴかぐりさんの日記

(Web全体に公開)

2009年
10月07日
19:51

中国ルールと日本ルールそれぞれの「ぬるさ」

タグ : 囲碁のルール
私は、最近の日記
http://goxi.jp/?m=diary&a=page_detail&target_c_di...
への付録2009年10月5日で池田敏雄氏による囲碁ルール試案(複数)
それぞれの利点と欠点をまとめておきました。
中国ルールと日本ルールにはそれぞれ特有の「ぬるさ」があります。
この日記ではそれぞれの「ぬるさ」と
その解消法について説明したいと思います。

■中国ルールよりも日本ルールの方が碁が面白くなる場合

2004年1月22日、第24期名人戦リーグ、コミ6目半
白:今村俊也九段 vs 黒:王銘エン九段

┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬●●○┬┬┬┬┬┐ アゲハマ
├┼┼┼┼┼┼┼┼┼●○○┼○┼○○┤ 黒石13
├┼┼●┼┼┼┼┼○●●●○┼●○┼○ 白石14
├┼○●●●B┼┼┼●┼●○○○●○○
●●┼●○○●┼┼┼┼┼┼●●●●○○
●○●●○○●┼┼┼●●○●●┼●●○
○○○●○○○●┼┼●○●●○○●●●
├○◇●○○●●●●○○●○○○○○●
├○●●●○○●○○○○○●●○○●┤
├┼○○○○○●○┼○●●●┼○●●●
├┼┼┼●○●●●○○○○○○○○●┤
○○○○○○○○○●●●○┼○●○●┤
├●┼●○●○┼○○○●●○○●●●●
●●●●●●●●●●●●●●○●●○●
○●○●●┼●●●●○●●┼●○○○○
○○○○●●○●○A○○●┼●●○┼┤
○○●┼○○○○○○○●┼┼●┼○┼┤
├┼┼┼┼┼┼○●●●●●●●●○┼○
└┴┴┴┴┴┴○○●┴┴┴┴┴●○┴┘ 白278◇とダメを詰めた局面

総譜は次を見て下さい。
http://wiki.optus.nu/igo/index.php?cmd=kif&cmds=displ...

白278◇のダメ詰めによって、
白B切りが成立するようになったかどうかが大問題です。
黒がBに手を入れると半目負けになるので手を入れられない。
残っているダメの個数はAを含めて6個(偶数個)。

実戦は以下のように進行した:
黒279=Aダメ詰め
白280=B切り
以下略。結局大事件が発生してしまい白の中押し勝ち。

しかし、実際には白B切りは手にならなかったので、
黒が正確に対応していれば黒勝ちだったのです。
しかしこの部分を正確に読むのは非常に難しい。詳しくは
王銘エン著『我間違えるゆえに我あり』毎日コミュニケーションズ2005
http://www.amazon.co.jp/dp/4839916136
の第3章「手の匂い」の後半を読んで下さい。
面白おかしく手どころについて非常に詳しく解説されています。

さて、これが中国ルールだったらどうなったでしょうか。

中国ルールでは、残っているダメの個数が偶数個ならば、
自分の地に手入れをしても損をせずにすみます。よって
上の局面で黒279をBの手入れとしても黒は損をせずにすみます。
だからコミ6目半なら黒がBに手を入れても半目勝ちになります。
つまり中国ルールでコミ6目半なら黒は安全に勝てたのです。
中国ルールでコミ7目半なら話はもっとつまらなくなります。
Bの切りを試さなくてもそのまま白の半目勝ちになります。

上のタイプの「ドラマ」が起こり得ることは日本ルールの優れた点です。
日本ルールでは自分の地に無駄に手を入れると確実に1目の損になる。
そのおかげで半目勝負では「自分の地に手があるか否か」が
非常に重要な問題になり、これがスリルと興奮を生み出すことになります。

しかし、中国ルールに慣れている人は、
中国ルールでは安全勝ちできる場合であっても
日本ルールでは安全勝ちできないことを知って、
日本ルールで打つことを不安に思うかもしれません。

一方、日本ルールに慣れた人から見れば
「自分の地に手を入れて安全勝ちがしやすくなる」
という中国ルールの特徴は「ぬるい」と感じられるでしょう。

■日本ルールよりも中国ルールの方が碁が面白くなる場合

中国ルールでは半コウとダメ以外に有効手が残っていない最終盤で
日本ルールよりも繊細に着手を選択する必要が生じます。

たとえば、第3回中国都市リーグ乙級戦トーナメントで、
瀬戸大樹四段が劉帆(Liu Fan)四段に中国ルールを利用して
半目勝ちをおさめたことで話題になった一局があります(段位は当時)。
図と棋譜については http://sowhat.ifdef.jp/igo/chinese/#21
を見て下さい。

http://sowhat.ifdef.jp/igo/chinese/#18
http://sowhat.ifdef.jp/igo/chinese/#19
http://sowhat.ifdef.jp/igo/chinese/#20
を見ればわかるように、中国ルールでは

・日本ルールではまったく得にならない半コウを仕掛けて
 得をできる場合があり、

・コウよりもダメ詰めを優先しなければいけない場合があり、

・後手1目のヨセより半コウを優先しなければいけない
 場合があります。

そのおかげで中国ルールでは日本ルールでは不可能な「ドラマ」が
最終盤で起こり得ます。これは中国ルールの優れた点です。

しかし、日本ルールに慣れている人は、
日本ルールでは雑に打っても結果が変わらない場合であっても、
中国ルールでは損をしてしまう場合があることを知って、
中国ルールで打つことを不安に思うかもしれません。

一方、中国ルールに慣れた人から見れば
「最終盤でコウとダメを雑に扱っても損をし難い」
という日本ルールの特徴は「ぬるい」と感じられるでしょう。

■中国ルールと日本ルールそれぞれの「ぬるさ」を無くしたルール

以上のように、日本ルールと中国ルールの
それぞれには「ぬるい」部分があります。
双方の「ぬるい」部分を無くしたルールを作れないでしょうか?
「ぬるい」部分をなくしたルールに慣れた打ち手は
どちらのルールで打つことにも不安を感じなくなるでしょう。

実はすでにそのようなルールが存在します。
それが池田敏雄囲碁ルール試案「中国式III」と「日本式I、II」です。
http://tmkc.pgq.jp/igo/j_rules.html
池田氏によるこの研究は海外ではよく知られています。
http://gobase.org/studying/rules/ikeda/?sec=e_rules
池田以後ルール試案に「合意による終局」を加えて、
通常の終局手続きも可能にしたバージョンについては
私の最近の日記を見て下さい。
http://goxi.jp/?m=diary&a=page_detail&target_c_di...

「中国式III」では「地と活石」による計算法を採用しているにも
かかわらず、自分の地への手入れが1目の損になります。
「日本式I、II」では「地とハマ」による計算法を採用して
いるにもかかわらず、通常の日本ルールでは不可能な方法で
得できる場合があります。

しかも、驚くべきことに「中国式III」と「日本式I」の計算法は同値に
なります。「中国式III」は日本ルールに歩み寄った中国ルールとみなせ、
「日本式I」は中国ルールに歩み寄った日本ルールとみなせるわけです。

中国ルールと日本ルールそれぞれの欠点(ぬるい点)を解消したルール
の計算法が互いに同値になるという事実は非常に興味深いと思います。

■付録 池田ルールに関する無知と貝瀬ルールの評価の失敗

最近、関口晴利著『囲碁ルールの研究―理論と歴史』文芸社、2007年
という本が出ていることを見付けました。
http://www.amazon.co.jp/dp/428603142X
この本の中身を閲覧する→検索:この本の内容 74→Go→74ページ閲覧

その本の74-75ページには池田囲碁ルール試案に先立つ貝瀬ルールに
触れていますが、非常に残念なことに、池田敏雄氏の囲碁ルール研究を
見逃してしまっているせいで、貝瀬ルールを正しく評価することに
失敗してしまっています。

貝瀬ルールについては
http://goxi.jp/?m=diary&a=page_detail&target_c_di...
の「追記2009年9月30日 貝瀬漸進案」を見て下さい。

まず、貝瀬ルールが「石の打ち上げの実行は、劫立ての外はセキの中の空点に
着手することを得ないもの」とするとした点が不合理であるという関口氏の批
判は完全に正しいと思います。

しかし、打ち上げ実行時に「一方ダメ」に打つことを許すと、「一方ダメ」も
地となることを容認しなければいけない、という関口氏の主張は誤りです。

池田試案「日本式II」では計算法を工夫することによってセキの目や一方ダメを
地とみなすことなく、打ち上げ実行時に「一方ダメ」に打つことを禁止するとい
う不自然な制限を無くすことに成功しています。関口氏は池田試案「日本式II」
の存在を知らなかったのでしょう。

次に、関口氏は貝瀬ルールには「最後のマイナス着手を打たせる側をどう決め
るか」という難問が残っていると述べ、さらに「うまい方法は見当たるはずも
ないが」と強気に主張しています。しかし、池田試案「日本式I、II」ではこ
の問題を同数着手ルールによって単純かつ合理的に解決しています。

最後に、関口氏は「両対局者に同数のマイナス着手を打たせる良い方法が見つ
かったとしたら、貝瀬ルールはどうなるか。中国ルールそのものになってしま
うのである」と述べ、厳密には最後のダメを黒が打ったとき1目の差が生じる
ことを補足しています。そして最後に関口氏は再度強気になり、

>こんなルールを作るくらいなら初めから中国ルールにすればよいのである。

と言ってしまっている。

この日記の本文を読んだ人はこれは完全な誤りであることを理解しているはず
です。なぜならば、適切に修正された貝瀬ルールとみなせる池田囲碁ルール試
案「日本式I」と計算法が同値な「中国式III」は「中国ルールそのもの」では
ないからです。

関口氏が補足しているように、「日本式I」の計算法は「中国ルールそのもの」
とはぴったり一致していません。最後のダメを詰めるのが黒の場合には1目の
違いが出てしまいます。

実はその違いが本質的なのです。その違いのおかげで、「日本式I」と計算法
が同値な「中国式III」は「自分の地に無駄に手を入れると1目損をする」と
いう日本ルールの利点をかねそなえることになるのです。
この事実が囲碁ルール研究において非常に重要であることは明らかでしょう。

関口氏の不運は1968年に発表された池田敏雄氏の研究を知らなかったこと
だと思われます。

以上です。
ぃーね!
棋譜作成
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