ぴかぐりさんの日記

(Web全体に公開)

2009年
09月28日
16:02

日本囲碁規約1989の欠陥とその修正

タグ : 囲碁のルール
ドイツの Robert Jasiek (ロベルト・ヤシエック)さんは第30回(2009年)世界ア
マチュア囲碁選手権や第1回ワールドマインドスポーツゲームズ(WMSG2008)にも
出場しているヨーロッパの強豪であり、世界の囲碁のルールを深く研究しており、
日本棋院の日本囲碁規約(1989)の欠点および欠陥を鋭く指摘しています。
http://home.snafu.de/jasiek/j1989c.html

ヤシエックさんの偉いところは欠点欠陥を指摘するだけではなく、
日本囲碁規約(1989)の曖昧な記述や間違いの修正を試みていることです。
ヤシエックさんによる日本囲碁規約の修正案は
Japanese 2003 Rules という名で発表されています。
http://home.snafu.de/jasiek/j2003.html
http://home.snafu.de/jasiek/j2003inf.html
http://home.snafu.de/jasiek/j2003com.html

この日記では日本囲碁規約(1989)の曖昧な点や間違いの例を示し、
それらが Japanese 2003 Rules でどのように修正されているかについて
説明することにします。

そしてこの日記の終わりの方では
国際ルールとして採用可能な地とアゲハマによる日本式ルールは何か
について考察します。

■2009年9月3日の大橋拓文四段と潘善琪七段の対局で生じた事例

まず記憶に新しい2009年9月3日の大橋拓文四段と潘善琪七段の対局で生じた事例
について紹介しましょう。まず以下のブログ記事を読んでおいてください。

http://blog.goo.ne.jp/minamijyuujisei_1984/d/20090904
http://blog.goo.ne.jp/minamijyuujisei_1984/e/f3e6ffc334ef...
http://blog.goo.ne.jp/s-takao-san/e/1ce778ec94eacd7da126a...
http://blog.goo.ne.jp/s-takao-san/e/eee1e4dd99298b7b2441f...
http://blog.goo.ne.jp/minamijyuujisei_1984/e/c65a5d6f0d02...

終局時に問題が生じたのは本質的に次の局面です。
19路盤で議論するのは大変なので本質的な部分だけを小路盤に抜き出してあります。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
└○┴●┴┴●

問題はこの局面「対局の停止」としてで白は左下に手を入れなくてもセキになる
かどうか。上の局面で白が手を入れた場合についてまず説明しましょう。

白1ホウリコミ(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
└○┴●┴◇●

黒2ヌキ(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
└○┴●●┴● アゲハマ:白石1

これで左下は黒からも手が出せなくなりセキとなります。
しかし、白はアゲハマで1目損をしているので、
日本ルールだと白1目負けとなってしまいます。
白が負けずにすむためには左下に手を入れずにすますしかない。

そこで最初の局面で対局の停止となった後の死活確認のための仮想手順で
白は以下のように粘ることを考えます。

最初の局面で対局の停止となったとする(再掲次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
└○┴●┴┴●

黒1ダメ詰め(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
└○◆●┴┴●

白2ツギ(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
◇○●●┴┴●

黒3三子取り(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
◆○○●○○○
├●●●●●●
└┴●●┴┴● アゲハマ:白石3

白4ヌキ(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
◇●●●●●●
└┴●●┴┴● アゲハマ:白石3、黒石1

黒5ホウリコミ(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
◆┴●●┴┴● アゲハマ:白石3、黒石1

白6コウ取り(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
└◇●●┴┴● アゲハマ:白石3、黒石2

黒7コウを取り返すためのパス。
白8ツギ(次図)。

┌●┬┬●○○
●●●●●○┤
○○●○○○┤
○┼○●○┼○
├○○●○○○
○●●●●●●
◇○●●┴┴● アゲハマ:白石3、黒石2

この局面は白がアゲハマで1目損をしていることを除けば、白2ツギの局面と完
全に同じです。もしも損をしながらの同一局面反復が禁止されていないならば、
以上の手順で白は無限に粘ることができてしまいます。

しかし、日本囲碁規約死活例23の解説によれば
このような無限反復はルール違反であり、左下隅の白は死となるようです。
http://www.nihonkiin.or.jp/joho/kiyaku/shikatsu-22_25.htm
実際の審査会判定でも、白の手入れは必要であり、白の負けとなっています。
http://blog.goo.ne.jp/minamijyuujisei_1984/e/f3e6ffc334ef...

問題は日本囲碁規約死活例23の解説が正しい理由です。日本囲碁規約死活例23の
解説では、日本囲碁規約第一条で碁の目的は「地」の多少を争うこととされてい
るので、損をしながらの同一局面反復は禁止されているということになる、とい
うことのようです。日本囲碁規約では損をしながらの同一局面再現は明確に
禁止されていないので、このように解釈しなければいけないのです。

この判定に不満を持った囲碁ファンが少なからずいたことは
以下の掲示板記事を読めばわかります。
http://qin.seesaa.net/article/128365464.html
http://qin.seesaa.net/article/128638311.html

日本囲碁規約の記述は曖昧で非常に分かり難い。

この問題にヤシエックさんは気付いており、
Japanese 2003 Rules では「損をしながらの同一局面再現は負け」
と明確に規定されています。
http://home.snafu.de/jasiek/j2003.html
における long-cycle-tie / long-cycle-win の説明を見て下さい。

損をしながらの同一局面再現は負けになるというルールは十分に納得できるも
のなので、日本囲碁規約でもそのように明確に記述しておくべきだったと思い
ます。

■日本囲碁規約死活例17

上の例で日本囲碁規約(1989)の「ルールが曖昧」という問題を指摘しました。
実は日本囲碁規約(1989)には曖昧な記述が大量にあり、曖昧さを無くすだけで、
かなり大量の修正が必要になります。
http://home.snafu.de/jasiek/j1989c.html

以下で紹介する例は、記述の曖昧さの問題と違って、
日本囲碁規約(1989)のかなり致命的な欠陥を示しています。

日本囲碁規約本文と日本囲碁規約死活確認例17の解説は矛盾している!
(http://home.snafu.de/jasiek/j1989c.html の Example II.17)

オリジナルの死活確認例17
http://www.nihonkiin.or.jp/joho/kiyaku/shikatsu-17.htm
の図を小路盤にまとめたのが次図です。

▲▲▲┬△●┬●□
├△△△△●●□□
△△△△△●□┼□
├△△△△●●□□
△●●●△●●┼□
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

日本囲碁規約死活例17の解説文によれば、
左上隅黒▲3子は「活き石」、
白△16子(隅の曲がり四目)は「死に石」、
白□8子もセキ崩れで「死に石」になります。

しかし、この解説文の結果を日本囲碁規約は再現できません。
日本囲碁規約では、死活確認のための仮想手順では、
コウダテを利用した通常のコウの取り返しは禁止されており、
取り返したい各コウごとにパスをした後にのみコウを取り返せます。
http://www.nihonkiin.or.jp/joho/kiyaku/kiyaku07-2.htm

以下は日本囲碁規約では上の図で「隅の曲がり四目は死」という結果を
再現できないことの証明です。

対局停止の局面(次図)。

●●●┬○●┬●○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
├○○○○●●○○
○●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒1左辺でコウ取り(次図)。

●●●┬○●┬●○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
◆○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白2右上でコウ取り(次図)。

●●●┬○●◇┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒3右上でコウ取り(次図)。

●●●┬○●○B○
├○○○○●●○○
○○○○○●A◆○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白4右上Aでコウ取り返すためのパス。
黒5右上Bでコウ取り返すためのパス。
白6右上でコウ取り。
黒7右上でコウ取り。
白8右上Aの右でコウ取り返すためのパス。
黒9右上Bの左でコウ取り返すためのパス。
以下、これを無限に繰り返す。

黒5を「右上Bでコウ取り返すためのパス」以外の手にすると、
白6右上Aコウ取りによるアタリを黒は防げなくなります。
黒はコウを取り返すためのパスを付き合わざるを得ません。

日本囲碁規約に字面通りにしたがってしまうと、
このように黒は左上の隅の曲がり四目を取れなくなってしまいます。

以上の矛盾をヤシエックさんは日本囲碁規約第七条2
http://www.nihonkiin.or.jp/joho/kiyaku/kiyaku07-2.htm
を別のルールで置き換えることによって解消しています。

日本囲碁規約では

>第七条-2 第九条の「対局の停止」後での、死活確認の際における同一の劫
>での取り返しは、行うことができない。ただし劫を取られた方が取り返す劫の
>それぞれにつき着手放棄を行った後は、新たにその劫を取ることができる。

となっており、その解説には

>3 取り返す劫のそれぞれにつき、着手放棄が必要
> 取り返しとなる劫が二個以上ある場合は、どの劫で着手するのか指定しなけ
>ればならない。

と書いてあります。しかし、上で証明したように、これらの文章を字面通りに
受け取ると、日本囲碁規約死活例17の解説の結果を再現できなくなってしまい
ます。

ヤシエックさんは Japanese 2003 Rules で第七条-2を以下の異なるルール
で置き換えています。

・「対局の停止」後の死活確認の際において、両対局者は自分の手番で取るこ
とが禁止されているコウが存在するときおよびそのときに限って(盤上への着
手とパス以外に)「コウパス」を行なうことができる。

・同死活確認の際において、一方の対局者のコウ取りからどちらかの対局者に
よる「コウパス」が行なわれるまでのあいだ、もう一方の対局者はそのコウを
取り返してはいけない。「コウパス」のあとに両対局者は任意のコウを取り返
せるようになる。

より正確なルールの記述については http://home.snafu.de/jasiek/j2003.html
の ko-pass, hypothetical-move, hypothetical-ko の説明を読んで下さい。

重要な変更点は、

・単なるパスとコウパスを区別する。
・複数のコウがあってもコウパスをするときに対象のコウを指定しない。
・コウパスによって取り返し可能になるのは「劫のそれぞれ」ではなく、
 「両対局者によるすべての劫」である。

このルール変更によって日本囲碁規約死活例17の解説の結果を再現できること
を以下で証明しましょう。

対局停止の局面(再掲次図)。

●●●┬○●┬●○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
├○○○○●●○○
○●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

左辺で黒1コウ取り(再掲次図)。

●●●┬○●┬●○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
◆○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白2右上でコウ取り(再掲次図)。

●●●┬○●◇┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒3右上でコウ取り(再掲次図)。

●●●┬○●○┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●┼◆○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白4コウパス。これで両対局者はコウを取り返せるようになった。
黒5左辺コウツギ(次図)。

●●●┬○●○┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●┼●○
●○○○○●●○○
◆●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白6パス。
(白6で右上のコウを取り返しても手数が伸びるだけで同じことになる。)
黒7左上隅の曲がり四目の形でアテ(次図)。

●●●┬○●○┬○
◆○○○○●●○○
○○○○○●┼●○
●○○○○●●○○
●●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白8左上四子ヌキ(次図)。

┌┬┬◇○●○┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●┼●○
●○○○○●●○○
●●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒9左上隅の曲がり四目の急所(次図)。

┌◆┬○○●○┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●┼●○
●○○○○●●○○
●●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白10右上コウ取り(次図)。

┌●┬○○●○┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●◇┼○
●○○○○●●○○
●●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒11右上コウ取り(次図)。

┌●┬○○●┬◆○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
●○○○○●●○○
●●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白12コウパス。
黒13左上隅の曲がり四目を無条件死の形に(次図)。

◆●┬○○●┬●○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
●○○○○●●○○
●●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

以下略。左上隅の白石は取られる。

上で白10右上コウ取りを左上ホウリコミとした場合(次図)。

◇●┬○○●○┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●┼●○
●○○○○●●○○
●●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒11左上コウ取り(次図)。

┌●┬○○●○┬○
◆○○○○●●○○
○○○○○●┼●○
●○○○○●●○○
●●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

死活確認のための仮想手順内ではコウパスがあるまでコウを取り返せない。
白12コウパス→黒13左上隅の白を取る
白12右上コウ取り→黒13左上隅の白を取る
どちらにしても左上の隅の曲がり四目は取られる。

■日本棋院の囲碁ルールに関する結論

以上で示したように、日本囲碁規約(1989)には「ルールが曖昧」という問題が
あるだけではなく、「ルールと死活例のあいだに矛盾が存在する」という致命
的な欠陥が存在します。

しかし、それらの問題はヤシエックさんの Japanese 2003 Rules では解決さ
れています。 Japanese 2003 Rules では日本囲碁規約の死活例の結論がすべ
て再現可能なようです。実際にそのことが確認されたならば、日本囲碁規約
(1989)を Japanese 2003 Rules に置き換えても現在の日本囲碁規約(1989)に
基づいた判定はそのまま有効になるはずです。失うものは何もありません。

日本棋院は日本囲碁規約(1989)を Japanese 2003 Rules で置き換えてしまっ
た方が良いと思います。

■日本のアマチュア囲碁大会の運営者が承知しておくべきこと

日本のアマチュアの大会の運営者も日本囲碁規約(1989)には欠陥が存在すること
を十分に承知しておくべきでしょう。

現在の日本囲碁規約(1989)の欠点と欠陥はヤシエックさんの Japanese 2003
Rules で大きく修正されているので、日本棋院が採用しているルールをそのま
ま日本国内の囲碁ルールとしたい人は Japanese 2003 Rules を使えば良さそ
うだということで納得した人は多いと思います。

しかし、Japanese 2003 Rules はかなり複雑です。正直言って、正しく理解で
きる人がどれだけいるか、かなり疑問です。

それにもかかわらず、どうしても日本囲碁規約(1989)およびその修正版の使用
にこだわりたい人は、Japanee 2003 Rules で変更された以下の三点について
は十分に理解しておいた方が良いでしょう。

(1) コウをすぐに取り返すこと(これはルール違反)以外のパターンで生じる例
外的な同形反復の扱いについて。両者が取られた石によって損をせずに同形反
復が生じた場合(三劫、長生、循環劫など)は引き分けとし、損をしながらの同
形反復は負けとする。

(2) 「対局の停止」後の死活確認のための仮想手順におけるコウに関する特殊
ルールの大きな変更。死活確認のための仮想手順では、通常のパスだけではな
く、コウパスが可能になる。自分の手番で取り返すことが禁止されているコウ
が存在するときにコウパスは可能になる。死活確認のための仮想手順では、コ
ウの取り返しはどちらかの対局者がコウパスするまで禁止される。どちらかが
コウパスするたびに禁止されていたコウの取り返しが可能になる。

(3) 日本囲碁規約第七条1では「相手方の着手により取られない石」だけでは
なく、「取られても新たに相手方に取られない石を生じうる石」も「活き石」
としている。 Japanese 2003 Rules では「取られても新たに相手方に取られ
ない石を生じうる石」という表現の曖昧さを無くすために、local-1,2,3 およ
び capturable-1,2,3 という用語を導入しており、説明がかなり複雑になって
いる。

■国際ルールとして日本囲碁規約もしくはその修正版は採用できるか?

オリジナルの日本囲碁規約(1989)には曖昧な記述が原因の欠点がたくさんある
だけではなく、死活例とのあいだに矛盾があるという致命的な欠陥を持つので、
それ自身を国際ルールとして採用することは論外だと思います。
http://home.snafu.de/jasiek/j1989c.html

囲碁の国際ルールは論理的な曖昧さや欠陥がないものであるべきです。

ヤシエックさんの Japanese 2003 Rules であれば曖昧さや欠陥が修正されて
いるので選択肢のひとつとして考慮できます。

しかし、実際に Japanese 2003 Rules とその解説
http://home.snafu.de/jasiek/j2003.html
http://home.snafu.de/jasiek/j2003inf.html
http://home.snafu.de/jasiek/j2003com.html
を読んでみればわかるように、かなり複雑です。

囲碁の国際ルールは十分に単純で分かり易いものであるべきです。
もちろんこれは「単純で分かり易いルールほど優れている」という主張では
ありませんが、日本囲碁規約(特に第七条の実質的内容)や
Japanese 2003 Rules の複雑さは許容範囲を超えていると思われます。

■2005年7月6-7日に日本の池袋で開催された国際囲碁シンポジウムでの議論

http://www.tygem.com/news/jnews/view.asp?seq=12&pagec...
http://www.tygem.com/news/jnews/view.asp?seq=13&pagec...
で、2005年7月6-7日に日本の池袋で開催された国際囲碁シンポジウムにおける
国際統一ルールのための議論が紹介されています。

その会議にはヤシエックさんも参加しており、

>例えば、ドイツのRorbert Jasiek氏(ヨーロッパ囲碁協会ルール担当者)は
>特殊な死活を例にあげて日本ルールの不合理な点を指摘した。

とあります。ヤシエック(Jasiek)さんは日本囲碁規約の欠陥を修正合理化した
張本人なので日本囲碁規約に関しては完全なエキスパートです。

それに対して日本棋院監事の立場で会議に参加していた酒井猛九段は次のよう
に述べたとされています。

>「死活を判断する場合は部分的な問題として判断するべきだ。特殊なケースを
>例にあげてルール全体が不合理だとするのは誤りだ。日本ルールによれば簡単
>に解決することができる。 強調したいのは日本ルールに過去存在した不合理
>な点は改善されたということだ。」

酒井猛九段は現在の日本囲碁規約(1989)作成の中心人物なので、
ここで「日本ルール」は日本囲碁規約(1989)を意味しているものと思われます。
この文脈では最近の別の日記で紹介した池田敏雄囲碁試案「日本式I、II」など
をこの文脈で「日本ルール」に含めてしまうのはおかしい。
そこで以下では酒井猛九段の意味での「日本ルール」は日本囲碁規約(1989)を
意味すると仮定します。

酒井猛九段が最初に主張した「死活の部分的判定論」については後で触れます。

「特殊なケースを例にあげてルール全体が不合理だとするのは誤りだ」と
ヤシエックさんに反論するのは筋違いでしょう。
ヤシエックさんは日本囲碁規約を修正して同じ結論を導く修正版ルール
Japanese 2003 Rules を提案しています。
日本囲碁規約には欠点や欠陥があり、それらは修正可能なのだから、
日本囲碁規約自身の国際ルール採用はあきらめて、
その修正版の採用を提案するべきでしょう。

さらに、日本囲碁規約(1989)作成にたずさわった酒井猛九段は「強調したいの
は日本ルールに過去存在した不合理な点は改善されたということだ」と述べて
います。確かに日本囲碁規約(1989)によって過去の日本棋院ルールの不合理な
点が改善されたことは事実ですが、ヤシエックさんは改善された現在の日本囲碁
規約(1989)にも明らかな欠陥が残っていることを指摘しています。

この論争は明らかにヤシエックさんの側の圧勝でしょう。

日本棋院側の言い分もあるかもしれませんが、
日本棋院は日本囲碁規約(1989)の欠点と欠陥を修正するために
ヤシエックさんの Japanese 2003 Rules を学ぶべきであることは
事実だと思います。

それでは日本と同じく日本式のルールを採用している韓国代表はどのように
発言したでしょうか。引用しましょう。

>一方、韓国代表として参加した明智大囲碁学部教授、鄭秀賢九段は「中国ルー
>ルと応氏ルールはとても合理的だ。他方で日本ルールは便利でやさしく楽しむ
>ことができるという長所がある。利便性と合理性を適度に折衷して統一ルール
>を作ることができれば良いが、お互いの文化的違いがあるから現時点では妥協
>点を見出し難い。現実的な解決策を模索しなければならない。」

このように韓国代表は非常に柔軟で納得できる態度を示しています。

■第1回ワールドマインドスポーツゲームズ(WMSG2008)で採用された国際ルール

北京で開催されたWMSG2008では実質的に
池田敏雄囲碁ルール試案「中国式III」
が国際ルールとして採用されました。

WMSG2008での囲碁の国際ルール作成のための議論については
ヤシエックさんの側から詳しいコメントが出ています。
http://home.snafu.de/jasiek/rules.html
の Ikeda Scoring の項目にある文書を参照して下さい。特に
http://home.snafu.de/jasiek/wmsgc.pdf
の終わりの方の Future (将来)の節を見て下さい。
日本棋院(Japanese Go Association)側の要求のせいで、
単純で分かり易い池田式「中国式III」ルールの説明に
多くの「蛇足」が付け加えられてしまったことがわかります。

WMSG2008では実質的に採用された池田式「中国式III」ルールは
所謂中国ルールそのものではありません。
ある意味で日本ルールの側に歩み寄らせる形で
中国ルールを修正して得られたのが「中国式III」ルールです。

中国ルールでは最後に「地の目数と盤上の石の数の和」の大小で決着をつけま
す。盤上の石の個数も得点として数えられるので自分の地への無駄な手入れが
損にならないという特徴があります。

実際には手止まりが打たれるまでは他の有効な着手があるので、自分の地への
無駄な手入れは損になります。しかし、手止まりが打たれ、ダメの個数が偶数
個になった場合には安全のために自分の地に無駄に手を入れることが損になり
ません。

これは半目勝負の終局近くでの緊張感を失わせる原因になります。
手を入れるか否かを手段を読んで決めなければいけないという緊張感は
ゲームを面白くするのでこれは中国ルールの欠点だと言えるでしょう。
地とアゲハマで勝負を決する日本式ルールにはこの欠点はありません。

さらに地の目数と盤上の石の数の和を計算することは、
実際問題としてかなり大変だという問題もあります。
この点でも日本式ルールの方が優れています。

実は池田式「中国式III」ルールは通常の中国ルールにある以上の2つの欠点
を修正したものです。ルールの修正の仕方は単純です。最初にパスしたのが白
であれば白の得点に1目加える(もしくは同じことだが黒の得点から1目引く)と
するだけです。

たったこれだけの修正で通常の中国ルールの2つの欠点が無くなります。

最初に損でないパスが可能になるのは手止まりが打たれた直後です。
だから池田式「中国式III」ルールは
「相手に手止まりを打ってもらえば出入りで1目得をできるというルール」
であるとみなせます。

たとえば白が手止まりを打ち、ダメの個数が偶数個で、黒番になり、黒は自分
の地に手があることを心配しているとしましょう。黒が安心のために自分の地
に手を入れると、白はすぐにパスをして1目得をしてしまいます。黒がパスを
すると白は最後の勝負で黒地に手をつけてくるかもしれません。
このように最後まで緊張感を失わずにすみます。

さらに、池田式「中国式III」ルールのもとでの対局で手止まりが打たれ、両
対局者がパスを連続して、日本囲碁規約における「対局の停止」と同様の状態
になったとします。そのとき、ちょっとした算数によって、地とアゲハマによ
る日本式の計算結果が地と盤上の石による中国式の計算結果に一致することを
証明できます。詳しくは池田氏自身による次の解説を読んで下さい。
http://tmkc.pgq.jp/igo/j_s5/j5020000.html
この解説で「台湾式」とされているルールは「中国式III」のことです。
ただし、セキの目や一方ダメも地とみなさなければいけません。

実際、WMSG2008の囲碁ルールの解説では、
日本式による計算も可能であることが説明されてます。

このように、WMSG2008で採用されて囲碁のルールは中国ルールを日本ルールに
歩み寄らせたものだったのです。

WMSG2008は中国北京開催だったので、囲碁のルールとして
通常の中国式ルールの一種である池田式「中国式III」を採用したことは、
日本の囲碁ファンであっても十分に納得できるのではないでしょうか。
日本や韓国のような地とアゲハマによる日本式ルールを採用しているところで
国際大会を開くときには日本式ルールの一種を採用すればよろしい。

■国際ルールとして通用する日本式ルールは何か

すでに説明したように日本囲碁規約(1989)やその修正版である Japanese 2003
Rules の複雑さは許容範囲を超えているので採用不可能でしょう。

WMSG2008では、通常の中国ルールではなく、中国ルールを日本式ルールに
歩み寄らせる形で修正した池田式「中国式III」ルールが採用されました。

日本ルールを国際ルールとして採用する場合には、
逆に日本ルールを中国ルールに歩み寄らせる形で修正したルールを
採用することが好ましいと思います。

個人的にその最有力候補は池田式「日本式I」だと思います。
「日本式I」のルールはWMSG2008で採用された「中国式III」と
同じ程度に単純で分かり易く、しかも「地とアゲハマ」による計算結果が、
「中国式III」における「地と盤上の石」による計算結果に一致します。
「日本式I」は「中国式III」とは異なるルールですが、
それらのルールは「十分に統一」されているとみなすことができます。

この2つのルールが国際ルールとして採用され、
開催国によって使い分けることにするのは十分に合理的だと思われます。

池田式のルールについては私の最近の日記に簡単な解説があります。

■池田式ルール採用への障害は何か

池田敏雄氏は地とアゲハマで計算する日本式ルールを二種類提案しています。

「日本式I」はセキの目も地とみなす点で慣習的日本ルールと異なります。
しかしその犠牲を払うことによって「中国式III」と計算法が同値になる
という統一が得られます。

「日本式II」はセキの目を地とみなさないのでほとんど慣習的日本ルールと
一致しています。終局時の死活について合意できる大部分の場合において、
「日本式II」は慣習的日本ルールとまったく変わりがありません。
(ただし、同形反復に関する取り決めの問題をここでは無視しています。)

この2つのルールを国際ルールもしくは国内ルールとして採用することへの
障害は何でしょうか?

「日本式I」を国際ルール(のひとつ)として採用するときには
セキの目も地とみなすことが大きな問題になるに違いありません。
日本棋院側はほぼ確実にアレルギーを示すことでしょう。

それでは慣習的日本ルールとほとんどの場合にまったく変わりがない
「日本式II」の採用を阻む障害は何でしょうか?

最大の障害は、2005年7月に日本の池袋で開催された国際囲碁シンポジウムに
おける酒井猛九段の次の発言に要約されます。

>死活を判断する場合は部分的な問題として判断するべきだ。

日本の囲碁ルールは、歴史的に酒井猛九段が表明した
「死活の部分的判定論」(部分死活論)と「如仏の判決」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%82%E4%BB%8F%E3%81%AE%...
に代表される「死活の実戦的解決論」(全局死活論)のあいだで
揺れ動いて来ました。

江戸時代のあいだに「如仏の判決」は否定されたが、
明治時代になると「如仏の判決」を支持する棋士が多くなり、
1949年の日本棋院1949年制定の囲碁規約では「部分死活論」が採用されました。
しかし、呉清源は「部分死活論」を不合理と考え、
「全局死活論」に基づいた対局を申し込んだことがあったようです。
さかのぼって昭和初期に起こった本因坊秀哉と久保松勝喜代(名誉九段)の
論争で、本因坊秀哉は「全局死活論」の立場に立っていたと解釈できます。
http://tmkc.pgq.jp/igo/j_s6/j6030001.html

現在の日本囲碁規約(1989)の第七条の実質的な内容(ヤシエックさんの
Japanese 2003 Rules で修正されて論理的に正当化された内容)があのように
複雑になってしまったの原因は「死活の部分的判定論」の正当化です。

池田式の「日本式I、II」ルールは
「死活の実戦的解決論」(全局死活論)を単純な方法で正当化しています。

日本棋院が「死活の部分的判定論」を絶対視する限り、
「死活の実戦的解決論」を正当化した池田式の日本ルールを
受け入れることはないでしょう。

「死活の部分的判定論」については別の日記に書くかもしれません。
「死活の部分的判定論」の採用は
「どうして隅の曲がり四目は死なのか」
という問題と密接に関係があります。

池田式の「日本式I、II」ルールでは
すべてを実戦的に解決する仕組みになっているので
隅の曲がり四目も死とは限りません。

この日記は長くなり過ぎたのでこれまでとします。

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■追記2009年9月29日

上の日記では日本囲碁規約はその死活例17の解説の結果を再現できないと書き
ましたが、死活確認のための仮想手順における連続したパスの扱い方によって
は再現可能になるかもしれません。その点について考察してみましょう。

以下にもとの日記の議論を再掲しましょう。

対局停止の局面(次図)。

●●●┬○●┬●○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
├○○○○●●○○
○●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒1左辺でコウ取り(次図)。

●●●┬○●┬●○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
◆○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白2右上でコウ取り(次図)。

●●●┬○●◇┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒3右上でコウ取り(次図)。

●●●┬○●○B○
├○○○○●●○○
○○○○○●A◆○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白4右上Aでコウ取り返すためのパス。
黒5右上Bでコウ取り返すためのパス。
白6右上でコウ取り。
黒7右上でコウ取り。
白8右上Aの右でコウ取り返すためのパス。
黒9右上Bの左でコウ取り返すためのパス。
以下、これを無限に繰り返す。

黒5を「右上Bでコウ取り返すためのパス」以外の手にすると、
白6右上Aコウ取りによるアタリを黒は防げなくなります。
黒はコウを取り返すためのパスを付き合わざるを得ません。

日本囲碁規約に字面通りにしたがってしまうと、
このように黒は左上の隅の曲がり四目を取れなくなってしまいます。

もとの日記では以上のように結論したのでした。
問題は白4と黒5でパスが連続していることです。

日本囲碁規約第九条1には、両対局者のパス(着手放棄)が連続したとき
「対局の停止」となるとあります。このルールを拡張して、

(A) 死活確認のための仮想手順において、両対局者のパスが連続したとき
死活確認のための仮想手順の停止となる。

とすることは考えられます。さらに第九条3には「対局の停止後、一方が対局
の再開を要請した場合は、相手方は先着する権利を有し、これに応じなければ
ならない」とあります。このルールを拡張して

(B) 死活確認のための仮想手順の停止後、一方が死活確認のための仮想手順の
再開を要請した場合には、相手方は先着する権利を有し、これに応じなければ
いけない。

とすることも考えられます。

ただし、日本囲碁規約第一条の解説には「対局の範囲は、対局の再開をしない
かぎり、対局者双方が続いて着手放棄(通称パス)した「対局の停止」までで
ある」とはっきり書かれています。したがって「対局の停止」後の「死活確認」
およびそのための「仮想手順」は「対局」に含まれません。

だから、上の拡張は、解釈の曖昧さを利用した拡張解釈ではなく、あらたな
ルールの追加とみなさなければいけません。日本囲碁規約およびその逐条解説
を文字通りに解釈するとこういうことになります。

上の方の図の議論で(A)と(B)を仮定したらどうなるでしょうか。

死活確認のための仮想手順(以下単に仮想手順と略)において
右上の両コウを白が取って黒が取った後の図

●●●┬○●○B○
├○○○○●●○○
○○○○○●A◆○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白4右上Aでコウ取り返すためのパス。
黒5右上Bでコウ取り返すためのパス。

コウを取り返すためのパスであってもパスが連続したので、
(A)によって仮想手順の停止となります。
ここで仮想手順を終わりにしてしまうと、
左上の白石は「相手方の着手により取られない石」となり、
日本囲碁規約第七条1によって活きとなってしまいます。
そこで黒は仮想手順の再開を要請するでしょう。
(B)によって白番で仮想手順が再開されます。

白6右上Aコウ取り。
黒7右上Bコウ取り。
白8右上Aの右でコウ取り返すためのパス。
黒9右上Bの左でコウ取り返すためのパス。

結局、同じように仮想手順の停止に至りました。
これでは永久に左上の白石を黒は取ることができません。
日本囲碁規約第九条の1と3を死活確認に拡張しても
結論は何も変わりません。

何とかする方法はないでしょうか?
そのためには次のように考えれば良さそうです。
「対局の停止」後の死活確認のための仮想手順は、
活きる側はなく、殺す側の手番から始めます。
さらに死活確認のための仮想手順の開始のときに
対局の停止のための連続したパスの直前に
禁止されていたコウの取り返しもできるようになります。
これを「死活確認のための仮想手順の再開」にも適用して、
次のようなルールを追加することにするのです。

(B') 死活確認のための仮想手順の停止後、一方が死活確認のための仮想手順の
再開を要請した場合には、相手方はこれに応じなければいけない。
再開後の先着の権利は、活きようとする側ではなく、殺そうとする側に
あるものとし、禁止されていたコウの取り返しも可能になる。

上の方の図の議論で(A)と(B')を仮定したらどうなるでしょうか。

死活確認のための仮想手順(以下単に仮想手順と略)において
右上の両コウを白が取って黒が取った後の図

●●●┬○●○B○
├○○○○●●○○
○○○○○●A◆○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白4右上Aでコウ取り返すためのパス。
黒5右上Bでコウ取り返すためのパス。

コウを取り返すためのパスであってもパスが連続したので、
(A)によって仮想手順の停止となります。
ここで仮想手順を終わりにしてしまうと、
左上の白石は「相手方の着手により取られない石」となり、
日本囲碁規約第七条1によって活きとなってしまいます。
そこで黒は仮想手順の再開を要請するでしょう。
(B')によって黒番(←ここが重要)で仮想手順が再開されます。

黒6左上隅の曲がり四目の形でアタリ(次図)

●●●┬○●○┬○
◆○○○○●●○○
○○○○○●┼●○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白7黒四子のヌキ(次図)

┌┬┬◇○●○┬○
├○○○○●●○○
○○○○○●┼●○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒8隅の曲がり四目の急所(次図)

┌◆┬○○●○B○
├○○○○●●○○
○○○○○●A●○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

白7右上Aコウ取り。
黒8右上Bコウ取り。
白9右上Aの右でコウ取り返すためのパス。
黒10右上Bの左でコウ取り返すためのパス。
仮想手順の停止(次図)。

┌●┬○○●┬●○
├○○○○●●○○
○○○○○●○┼○
●○○○○●●○○
├●●●○●●┼○
●●●●●○●●●
●●●●○○●●●
├●┼●○○○○○
└●┴●○┴┴○┘

黒番で仮想手順の再開。以下略。
パスパスがあるたびに手番が黒にまわって来るので
黒が左上の白石を取ることは易しいでしょう。

以上の結論をまとめておきましょう。

日本囲碁規約第九条1を「対局」から「死活確認のための仮想手順」に拡張し
て「死活確認のための仮想手順の停止」に関するルールを追加し、
「死活確認のための仮想手順の再開」時の先着の権利を「活きようとする側
ではなく、殺そうとする側」に与えることにすることによっても、
日本囲碁規約死活例17の解説の結論を再現することが可能になる。

これはこれでありえる解決方法だと思います。

惜しいのは、すでに述べましたが、日本囲碁規約第一条およびその解説によれ
ば「対局」は「死活確認」を含みません。だから「対局」に関するルール
である第九条1を「死活確認のための仮想手順」に適用できないのです。
あらたなルールの追加が必要になり、規約の曖昧な記述を利用した拡張解釈で
逃げることができません。

あと、もとの日記で紹介したヤシエックさんの Japanese 2003 Rules で採用
されている解決方法と比較すると以下の点でおおいに不満が残ります。

・上で示した仮想手順における連続したパスは、「有効手が見当たらないことが
理由のパス」ではなく、「コウを取り返すためのパス」である。「有効手が見当
たらないことが理由のパス」の連続で「対局の停止」とすることは自然だが、
「コウと取り返すためのパス」の連続でも「仮想手順の停止」とすることは
不自然である。

・あらたにルール(A)、(B')を追加するだけでは、曖昧な記述の大部分がそのま
ま残ってしまう。日本囲碁規約の曖昧で不完全な記述は一部にパッチをあてるだ
けで改善することは不可能である。

ヤシエックさんの Japanese 2003 Rules では「パス」と「コウパス」が明確に
区別されているので前者の不自然さは無くなり、一部にパッチを当てるという解
決方法を取っておらす、全面改訂になっています。

以上です。
ぃーね!
棋譜作成
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