日経新聞の情報ですが、面白い見方です。
何であろうと、いち早くいわき市に駆けつけたゴーン氏は従業員の心をつかむことに成功したと思います。
原発にいち早く駆けつけた誰かとは、現場での行動も大分違うようで、みんなを勇気づける行動を、きちんと取っています。
被災地訪問も良いのですが、立場に見合った行動とは何かを考えさせられる記事でした。
「私はいわきを見捨てない」。日産自動車社長のカルロス・ゴーン氏は震災後まもない3月29日、福島第1原子力発電所に近接するいわき市の自社工場に駆けつけ、こう宣言した。素早い行動と力強い発言は震災で気落ちした従業員を鼓舞し、日産への求心力は一気に高まった。だがその裏には、ゴーン氏が抱える全く別の事情もちらつく。
東日本大震災から10日後の3月21日。相次ぐ余震や原発事故への不安から多くの企業の外国人幹部が日本を離れるなか、ゴーン氏は一人、フランスから日本に到着した。
早速、被災した栃木工場(上三川町)の現地視察や横浜本社での志賀俊之最高執行責任者(COO)との協議を実施。そして29日、先に現地入りした志賀氏から「原発の風評被害で人が近づかない。復旧が遅れている」と報告を受けたいわき工場(福島県いわき市)へと自ら足を運んだ。
工場は建屋の損壊こそなかったが、コンクリートの床がめくれ、高温で溶かしたアルミをエンジンの型に流し込むレンガ製の溶融ラインは波打つように曲がっていた。「どのくらいで直せるか」「取り換えないとだめか」――。ゴーン氏は担当者に問いかけながら、約2時間かけて精力的に回った。
電気はようやく通ったが、水道は不通。震度5以上の余震が続き、一人として口にしなかったが、誰もが放射能への恐怖を少なからず感じていたという。視察後、ゴーン氏は他工場から支援に入った従業員も含む約300人を前に、こう語りかけた。
「私はいわきを見捨てはしない。日産、そしてパートナーのルノーは震災で最も被害が大きかったいわきの復興を見守る。今こそ日産スピリットを見せてほしい」
■「日産」は新興市場開拓の武器
日産は円高対策でタイから「マーチ」の輸入を始めたばかり。国内でも九州工場(福岡県苅田町)で韓国や中国の安い部品を使うなど、輸出競争力の確保に力を入れている。震災後の急激な円高もあり、いわき工場では「ドライなゴーン氏は撤退するのではないか」との不安の声が漏れていた。それだけにゴーン氏の言葉は従業員の心に強く響いた。
いわき工場の存続を誓うゴーン氏の発言について、ある日産幹部は「エンジン製造のいわき工場から撤退すると、完成車を組み立てる栃木工場も併せて合理化しなくてはならなくなると考えたのだろう」と指摘する。国内工場の大幅な縮小はゴーン氏が進める「日本重視」戦略と矛盾するからだ。
ゴーン氏は新興国などに進出する際、「日本企業であることは商談や交渉を有利に進める武器になる」と決まって口にする。
昨年11月のロシア訪問では、プーチン首相から「ぜひ日産に来てほしい」と熱心に口説かれた。ロシアではゴーン氏が同じくトップを務める仏ルノーがロシア最大手のアフトワズに25%出資済みだが、経営がいっこうに改善しない。プーチン首相は技術力が優れた日産の進出を強く希望。交渉の結果、日産とルノーを合わせて出資比率を50%超に引き上げる条件を引き出した。
ゴーン氏は電気自動車(EV)の普及に取り組む中国でも「『EVで先行する日産』というカードをちらつかせ、中国政府との関係維持に効果を上げている」(トヨタ自動車幹部)という。「日産ブランド」は新興国に食い込む不可欠な武器になっている。
■EV技術の漏洩疑惑で窮地に
だが被災地に駆けつけた裏には、別の理由もあったようだ。日産幹部の一人は「ゴーン氏は一刻も早く日本に来たくてしょうがなかったようだ」と打ち明ける。
震災当時、ゴーン氏はフランスのルノー本社で年初に表面化したEV技術の漏洩(ろうえい)疑惑で窮地にあった。ゴーン氏をはじめ、ルノー側は同社幹部3人を技術情報を漏らしたとして訴えた。だが捜査で「冤罪(えんざい)」だったと判明。かつてゴーン氏と破綻寸前の日産で再建にあたったルノーのパトリック・ペラタ最高執行責任者(COO)が引責辞任に追い込まれた。
これを受け、労働組合を支持する左翼系の仏現地紙に加え、英フィナンシャル・タイムズ(FT)などもゴーン氏の経営責任を追及するキャンペーンを展開。「さすがにゴーン氏も弱っていた」(日産幹部)。さらに関係悪化がささやかれるルノーの大株主、フランス政府もゴーン氏を責め立てた。
フランスでは来年、大統領選が控える。苦戦が予想されるサルコジ大統領は「票に結びつく雇用の受け皿として、ルノーを利用しようとしている」といわれる。ルノーは昨年1月に主力車「クリオ」の生産をトルコに移転する計画を打ち出したが、ルノー株の15%を握る筆頭株主の仏政府の立場からサルコジ大統領が移転見直しを激しく主張。ゴーン氏は最終的に計画の見直しを迫られている。
ルノーのサンドゥビル工場を訪れ、従業員と握手するサルコジ仏大統領(右から2人目、右端はゴーン氏)=AP
仏政府の介入はそれだけではない。リーマン・ショック後には緊急融資やEV工場の建設支援との名目で合わせて30億ユーロ余りを投入。代わりに仏国内の工場や雇用の維持、部品の採用などを強く迫った。
仏政府の度重なる介入は「最も競争力のある地域で生産する」という「世界最適生産」を信条とするゴーン氏にとって、重い足かせになっていた。
■「Bクラス」から抜け出せない
日産はタイやインド、中国などで現地生産を広げる一方、日本国内の工場は「死にものぐるい」(日産幹部)でカイゼン活動を続けている。急激な円高でも堅調な業績を維持。販売台数はルノーによる買収直後の2000年の260万台足らずから、今や400万台を超えるまでに急拡大。売上高も6兆円からピークの07年には10兆円を超えた。
これに対し、ルノーの業績は一進一退を繰り返す。売上高は2000年の402億ユーロからほぼ横ばいの水準で足踏み。日産は格付けでトヨタやホンダに並ぶ「A格」への復帰を目指すが、ルノーが「ダブルBプラス」(米スタンダード・アンド・プアーズ)にとどまるため、「Bクラス」から抜け出せない。
こうしたさなかにEV技術の漏洩疑惑が起きた。日産の技術者が昼夜を問わずEVのバッテリー技術の開発に取り組んでいる間にルノーから技術情報が漏れたという事態になれば、「両社の信頼関係に深刻なひびが入りかねない」(日産幹部)。最初に疑惑を聞いたゴーン氏が怒りをあらわにする様子は想像に難くない。
フランスのエリートを養成する高等教育機関(グラン・ゼコール)出身のゴーン氏と庶民派のサルコジ大統領は「もともと相性が合わない」(ルノー幹部)との声も多い。中国やインド、ロシアに足場を築き、ブラジルや中近東、東南アジアへの勢力拡大を思い描くゴーン氏にとって、ルノーの技術漏洩疑惑に端を発した自分へのバッシングや、ことあるごとに経営に首を突っ込むサルコジ大統領の介入は相当煩わしかったはずだ。
EV技術の漏洩疑惑でゴーン氏は窮地に陥った。写真は日産自動車が発売した「リーフ」=共同
多くの日産幹部は今回の技術漏洩疑惑について「誰が何の目的で事件を起こそうとしたのか、全く分からない」と口をつぐむ。だが日産内では「背後ではゴーン氏を引きづり下ろそうとする何らかの力が働いたのではないか」との見方がくすぶる。
■事態はひとまず収束したが…
ルノーの大株主である仏政府や労働組合の代表者が出席した4月上旬の取締役会では、ペラタ氏の辞任を了承したものの、「ゴーン社長の経営責任を追及したという報告は聞いていない」(日産幹部)という。日産内部では事態がひとまず収束したとの安堵感が漂いつつある。だが仏政府との経営方針を巡る対立の構図は今も変わっていない。
リーマン・ショックを乗り切り、次の10年に向けて強気でならす「ゴーン節」が息を吹き返してきたさなかのフランスでのバッシング。地球の裏側では、未曽有の震災に見舞われながらも復旧に向けて一心不乱に働く日産社員がいる。フランスを離れ、今やルノーとの提携を資金的にも技術的にも支えるまでに復活した日産の従業員の元へと駆けつけたくなるゴーン氏の心情は理解しやすい。ゴーン氏は日仏で同時発生した「災難」を乗り越えられるのか。日産の従業員もまた複雑な心境で事態を見守っている。
(藤本秀文)