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囲碁談義
猫町さんの日記
http://goxi.jp/diary/171781?comment_count=18で知った武宮さんの本を読みました。とても面白かったので感想を書きますが、面白いところが多すぎて、大長文になりそうです。
だから今は、一つだけ書くことにします。私の考え方とほとんど同じなのでとても気に入った部分です。
「先天的な能力」ということに関わるのですが・・・
将棋の羽生さんが碁を打っているところを見たそうです。相手はプロで、八子か九子らしいのですが、その対局姿からはなんともいえない「品」が立ち上がっている、着手も素直で力みがなく、碁をやっていても超一流になっていたことは間違いないと言い切っています。
それに先だって、「100mを走るにしても、努力したからといって、誰もが十秒を切れるわけではない」と書いています。つまり、羽生さんには人並み外れた「先天的な能力」があると言っているわけで、それは「センス」と言い換えることもできるようです。武宮さんは、「人間性や人生観こそが『センス』なのかもしれない」とも書いています。
碁に必要な「先天的な能力」と人間性や人生観としての「センス」が、全く同じではないにしても深いところでつながっている、という考え方が窺われる部分で、これが私の感覚と一致しています。
そしてそのことと、実際の碁の「美しさ」が関わってくるのですが、それはまた改めて書くかもしれません。
コメント
06月29日
10:28
1: -
将棋の羽生さん ということを知らないで見た時
どう感じるのか 知りたいですね^^;
06月29日
11:31
2: 春海
詩音さん
「知らない」はあり得ない事ですが、仮に知らなくてもやはり同じだと僕は思います。どんな分野にも「ひとかどの人物」がいますが、その人物がある程度訓練した別のことをしたとき、やはり自然ににじみ出るものがあるように思います。
06月29日
12:03
3: 劉備玄徳@全日本制覇達成!
無礼を承知でお初にコメント失礼します。
おっしゃる事も分からなくはないですが、碁の技術・センスと人生観・人間性の関連性は薄いとプロをひとときでも目指した人間として個人的に思います。
羽生さん自身も将棋はゲームで人生経験など関連性はないような趣旨を発言されてたと思います。
先天的なセンスは家庭環境、修行環境、本人の努力・精神力で養われていくものだと思います。
強さ・センスと人間性・人生観を結びつけられてしまうと世間受けの悪い先駆者が叩かれる危険性が増すので私は慎重な立場ですね…。
06月29日
14:24
4: 春海
劉備玄徳さん
確かに羽生さんはそう言っていますね。このことは、同じ日本でも世代によって違うようで、将棋で言えば、米長・中原世代は武宮さんと同じ感覚らしいです。井山さんや平成四天王などの考えも知りたいところですが、寡聞にして知りません。
最後の部分ですが、僕も完全に結びつけているわけではなく、例えばバクチ漬けだった秀行先生を叩くつもりは全くありません。
06月29日
14:28
5: 春海
あ、無礼ってことは全然ありませんよ、武宮さんと羽生さんの勝負観が違うように、劉備さんと僕のものの見方が違っても不思議ではないんですから^^