お笑いコンビ「眠碁」達也(元「igo cafe こすみ」オーナー)

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お笑いコンビ「眠碁」達也(元「igo cafe こすみ」オーナー)さんの日記

(Web全体に公開)

2013年
07月18日
14:02

いじめについて


こんにちは。




これから「~について」という表題で私見を発していきたいと思います。




さて、マスコミで常に流行しているいじめについて僕が最も言いたいことは




いい大人が、「いじめをなくそう」などと言うべきではない。
大切なことは、
「いじめられることは誰にでもある、あなたが特別劣っているからなのではなく、
たまたまそうなってしまっただけのことなので一刻も早くその環境から逃げ出しなさい」
ということを広く訴えるべき。




ということです。



先日のブログでも少し触れましたが、生き物は本来より
「個」の概念を持っています。
他が他を傷つけるのがむしろ自然であり、集として秩序をもって
共同生活をするのはいわば二次的なものだと思うんです。
そうでなければ、法や「優しい」などという言葉は
わざわざ生まれなかったでしょう。





人は、人を傷つけるものだと思います。
「いじめをしないようにしましょう」
などとマスコミのコメンテーターがマジ顔でいじめる側に
訴えるなどということは全くのナンセンスというか大人として
とても幼稚だと思います。





僕自身そんなひどいいじめをしたこともされたこともありませんが、
語弊があるかもしれませんが、僕いじめる人の気持ち
すごくよくわかります。





クラスもあれだけ大人数いると、1人や2人くらい気持ち悪い奴
いましたもん。
よくTVのワイドショーで、「その子いじめることによってストレス
発散を~」とか言われますけど、そうではなくてそいつを見ることに
よってイライラしてくるんです。


電車通勤をしているとよくわかります。
今までの職場でもたくさん見てきました。


気持ち悪い人なんてたくさんいますよ。



イライラしませんか?
そりゃいじめたくなります。



僕の高校時代は、確かに目立ったいじめはありませんでした。
(小学校、中学では確実にありましたがむしろその方が健全というか自然だと思います。)
でもクラスに1人や2人は必ず、ハブられてる訳ではないけど皆そいつとは一線をひいてるみたいな子はいました。
(そういう子たちはそういう子たちで群れたりするんですけど。)



そういう人たちをいじめる感じがなかったのは、たまたま皆比較的賢明だったからでしょう。
僕の高校は進学校では全然なかったですけど、学年一不良というかやんちゃしてるような子程めちゃくちゃ勉強してて、
最低でもMARCH以上のところにいってしまうような学校でしたw





要はいじめなんかに構ってる時間がない、損をしたくないということだと思うのですが、
直接手を挙げなくてもそういう浮いているこには「変わってる奴」「気持ち悪い奴」と認識している空気は全体に確実にありましたし、
小馬鹿にしたり、大事にならない程度の、たとえば下駄箱の上履きを
下に落としとくくらいのことは全然あったと思います。
当然ですが、そんなふわふわした「いじめ?」に対して誰も
立ち上がることはありませんし、幼稚園ではないので「皆仲良くしようよ!」
とは教職員含め誰も言いません。





でも、別にそうじゃない、全然言動も普通なこも突然いじめにあったりします。





特に女の子は顕著だと思います。
3人組の仲良しグループは2:1に分かれやすいし、本当にほんの些細な
きっかけで、その場にトイレにいっててほんの短時間席を外しただけでそんな空気になってしまうと思うんです。



僕の中学時代にもありました。
別に全然仲良かったんですけど、普段のちょっとした外見に対しての
イジりから、だんだんそいつをからかうことが約束みたいになってしまって、
そんなこんなやっている内にそのこは泣き出してしまいました。



僕もその子と2人のときは全然普通に話しますけど、何人か集まってそういう空気になると積極的にイジったりしていました。
よく「いじめてたわけではなく、ふざけてるつもりだった」とする
子供の主張が広まっていますが、僕の感じでは、本音は
「んーいじめといえばいじめかもしれないけど、いじめともなんか言いづらいし、とりあえず自分はいじめられてないから別にその僕らの認識はどうでもよくない?別に自分は毎日楽しいし」です。
子供なんてそんなもんです。(「ゲームばかりやっているから現実世界でもリセットができると思っている」などのように
誰が言い出したか分かりませんけど、マスコミが勝手に「それが現実に多くある」
と植え付けるものには強く嫌悪感をおぼえます。)
僕自身が自分のことを「汚い」と思っているが故の見解なのですが。





子供や大人に関係なく人に大切なのはそれぞれ自分「正義」ではなく、
「集」なのです。
要は空気次第で誰もがいじめる側にもなり得るし、
いじめられる側にもなり得ると思うのです。



今流行っている、広島の事件の加害者の子たちもラインの文面から、
別に特別悪い子たちとも僕は思えませんでした。
むしろ16歳としてはしっかりしてるなという印象すら持ちました。
悪いことも良いこともすると思います。
ペットの犬も可愛がってると思いますし(知りませんが)、
雨の日には友達と1本の傘で帰ったりするだろうと思います。(知りませんが)





きっとこんな事件がなければ普通に、全然普通の大人になっていたと思います。
いじめる側もいじめられる側も全然普通です。




そんなこんなを述べまして冒頭の僕の主張になります。





「いじめをなくす」なんて絶対に不可能です。
「個」である限り、特に加担するわけでもなく止めるよう
強く働きかけることもない人が1人でもいる限りその本質を
人間全体から拭い去ることは絶対にできないと思います。
このようなことを言うまでもないと思うので言葉にすらしたくないのですが。
(以前鉄道会社で「電車事故0運動」というものがありましたが、事故が0になるなんて誰も思っていません。
ホームの端を歩かないようにしましょう、ながら歩きをやめましょうと
訴えるよりはるかに効果的なのは、ホームに扉を付けるなどの具体策でしょう。)






だから、(本当はいじめを減らすようなシステムを確立することが最善だと思いますが、そのシステムの構築は、そのシステムのメリットを
どこに誰に何を持っていくかということを含めてとても難しいと
思います。
いじめのようなものを含めた他者とのコミュニケーションも成長する上で大切だと思います。)




少々現場主義的で、幼稚かもしれませんが、





いい大人が、「いじめをなくそう」などと言うべきではない。
大切なことは、
「いじめられることは誰にでもある、あなたが特別劣っているからなのではなく、
たまたまそうなってしまっただけのことなので一刻も早くその環境から逃げ出しなさい」
ということを広く訴えるべき。




と思います。





いじめは絶対になくなりません。
また、「いじめは悪いこと」なんて誰でも知っています。



とすれば「いじめれれることは全然恥ずかしくない、誰にでも起こりえること」
という空気を広めることが最も効果的ではないかと思います。
(実際には本当に周りと少し変わっているから、という子が半数以上だとは思いますが)




本当に変わっている子でも、転校を繰り返せば最低でも
僕の高校のように「ゆるい感じのいじめ」でも比較的生活しやすい
環境に当たるでしょう。
またその中で自分の心の持ちようや捉え方、生き方も学ぶことができるでしょう。



それには「いじめられることは別に恥ずかしくない」という周囲の空気が不可欠です。




もし将来僕の子どもがいじめられて、その子どもがもし周りと
少し変わっているなと思ったら、「お前気持ち悪いからだよ」と率直に言いますw




その上でどうすれば生きやすいか、今後どうするべきかをあくまで前向きに子どもと話し合いたいと思います。
本人の意志で振る舞いを変えたくないというのであれば
それはそれで素晴らしいことだと思うので。






整理がきっちりできていないので、本文やコメント欄に後々加筆などあるかもしれません。




日本人には特に議論やお互いを尊重する意識が必要だと思うので、
どしどしコメント、ご意見ご感想お願いいたします><
ぃーね!

コメント

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2013年
07月18日
15:18

1: -

>それには「いじめられることは別に恥ずかしくない」という周囲の空気が不可欠です。

強く共感します。いじめもなくならないと思います。
なのでTVやコラム等で「いじめをなくす」「いじめをなくそう」をスローガンにかかげている(いい年した)エライ人を見ると「わかってないなぁ」「何をいまさら」としらけてしまうのですが・・・


ただ一つ。オーナーさんの将来のお子さんがもし変わっているなら・・・その変わっている部分を安易に否定しないで下さい。
もしかして、ものすごく優れている部分を持っているがゆえの個性かもしれないので。
できれば日頃の行動をよく観察した上で「変わってる」と感じる部分を標準レベルに近づけるアドバイスをしてあげてくれたらなーと・・・ちょっと思いました。

今現在「変わってる」ことを理由にいじめられている子もそういうケースがけっこうあるんじゃないかなと思ってます。

勝手な感想でした。

2013年
07月18日
17:07

おおむね賛成ですが、いじめることといじめられることはプラスとマイナスの記号が入れ替わっただけの等価だとは思いません。同じことがいじめる側には些細なことであってもいじめられる側には深刻なことと言う場合もあるでしょう。いや、大抵はそういうことだと思います。

そう言ったことを考えると、やはりいじめられる側の気持ちを思いやることが出来るような人間になって欲しいし、そのために大人は何かできることがあるんじゃないだろうかと言う気がします。

2013年
07月18日
18:07

3: -

私も賛同できる部分が多々あります。

ただ、今は巻き込まれる事が怖く、保身の為、見て見ぬふりの世界。子供も大人も同じですが。
昔の様な弱きを助け強きを挫くような存在がいません。
昔はその様な存在が一線をひいてくれ助けられたり、仲直りしたり、何事もなく過ごせた事があったと思います。
この様な精神と存在を子供の世界に残っていて欲しい。
残せなかったのは私達大人の責任なのでしょう。
そんな存在をメディアやネットでは成りえないと思っています。
子供世界に自然発生し存在し周りから1目置かれる人(達)ですし。

あとは、苛める側は苛められる側の気持ちを後で後悔し反省して謝罪できる環境、苛められた事に負い目をなるべく感じない様にする環境。これは私達大人のこれからの課題かと思いました。

賛同できない部分

>もし将来僕の子どもがいじめられて、その子どもがもし周りと
少し変わっているなと思ったら、「お前気持ち悪いからだよ」と率直に言います

これは父親から率直に言われれば思春期の子供には酷です。
ある程度精神的に耐性があればいいのですが、おそらく逆効果と思います。追い込まれて最悪な事態も考えられます。
親に理解されずに統合失調症になった知人がいます。(友人の友達ですが)
むしろ耐性があれば苛めなどモノともせずに相手側と戦う子供に育つでしょう。
その言葉は、もっと親と子供の間で深く話し合っての言葉であれば、なんとなく分らないでもないですが、少なくとも子供にとって親は最後の砦的存在である事が多いですから、言葉を選ぶべきと思います。

纏まりのない長文失礼m( _ _ )m

2013年
07月18日
18:45

4: 春海

 面白い見解で、賛同できるところもありますが、本格的なコメントはしません(考えがまとまっていないので)。

 ところで、本文の趣旨とは直接無関係ですが、MARCHってなんですか?

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