岡部倫太郎さんの日記

(Web全体に公開)

2013年
12月15日
08:32

コムギ・・・ありがとう


最近のハンタのアニメが面白い。
なんでこんなに面白いと感じるのか自分に聞いてみたところ、
現在放送中のキメラアント編は古くはジョジョを始まりとした数多ある能力バトル漫画よりも、
王を主人公にしたヒカ碁のような精神的な成長物語の側面が強いからだと気づきました。

以下、今週放送分までの王の中の価値観の移り変わりのまとめ。

軍儀?碁より少し難しいくらいか。
今、ルールを覚えている。少し黙れ。
http://blog.goo.ne.jp/nishitsuji-sannkurou/e/aee5280f6c41...

【黙れといわれて息を止めて待ち失神するコムギ】
稀に見るあほうだ。
!?
・・・貴様、目が見えぬのか?

馬鹿な!置き駒から詰みまで全て読まねばこの手には至らぬ。絶対にありえぬ!

【王様部屋に篭って食事も取らずに遊んでるんだってよ。噂される王】

離れ隠しとも名付けようかこの新手。乱してやる、そちの呼吸。さあ、どうする?
!?
貴様、初めからこれが死路であると知っていたな?なぜ黙っていた?
「総帥様のお考えになった手はわだすが10年前に考えました。
わだすの新手は流行して自分の子供のように嬉しかったのだけど、一年後この手を打たれたときに死路に気づき自分で殺すことになりました。
総帥様がお考えになってくれて死んだ子供が生き返ってくれた気がしました。だから・・・」
・・・くだらぬ。興が削がれた。しばし休め。

わからぬ不愉快だ、呼吸を乱されているのは終始余の方。
だが苛立ちながらもそれを楽しんでいる自分がいる。

【よだれと鼻水を垂れ流し、座ったまま眠るコムギ】
知性のかけらも感じぬ。なぜこんな者が・・・

この局、何か賭けるか?
勝ったら何でも望む物をやる。ただし負けたら左腕を貰う。
「左腕でなく、いつも私の賭けている命じゃダメですか?足手惑いのわだすは軍儀で負けたら死ぬと決めています。」
命か・・。覚悟が足りなかったのは余の方だったようだ。くだらぬ真似をした、許せ。
【自分の左腕をもぎ取り勝負を続ける王。治療するまでは殺されても打たないと言うコムギ。】


ふらふらの貴様に勝っても余の気が済まぬ。しっかり体調を戻せ。

まったく間を置かず、急所急所を攻めてくる。
しかし息苦しくは無い。むしろ楽しくすらある、そういう局面に手が導かれているからだ。

おい、そちの名は何と申す?

コムギと出会って強さにも色々あると学んだ

いや暴力こそこの世でもっとも強い力!
軍儀、たかが盤上の遊び、選別の日までの暇つぶし、もう用無し。

【朝方、鳥に襲われてるコムギ】
(鳥を瞬殺して)なぜ助けを呼ばぬ!
【早朝なので迷惑をかけたくない、応えるコムギ】
迷惑なことなど何も無い!貴様は大事な客だ!
(何を言っているのだ余は?たった今こいつを殺しにやってきたのではないのか?余はいったいこいつをどうしたいのだ?)←今ココ!



エンディングの歌詞を見ると、王とコムギの話だという印象を強く受ける。
↓↓↓


思わず妄想してしまった。
※ネタバレ注意


朝をむさぼり、夜を吐き出し
(朝=不完全ながら無限の可能性を持つ人の生き方、夜=完璧な王として生まれたが、先の見えた閉じた生き方)
生かんとする我が性
(蟻としての本能)
わきたつこの感情は黒か白か
目指す未来と、置いてけぼりにしてきた過去繋がっている
(目指す未来=メルエムの認めた才能を持った人のみは生かした文化、思想等の多様性を認める部分的共存社会 
置いてけぼりにした過去=生物としての生を全とし、無駄に争いを繰り返す蟻に劣る人を完全支配する社会)
王としての役割を果たすのには前者でも問題ない、か?)
過ぎゆく螺旋に目を細めて不思議な夢から身を乗り出した
(目を細めると瞳孔に入る光が絞られ、ピントの合う範囲が広がる。
一般的にその行為は不快感を覚えた際、対象物をより強く認識することで身を守る行動に移れるようにするため生じる。
メルエムは自らの中に生まれる変化、それを引き起こしたコムギの存在に対して警戒するが、それを受け入れ目指す未来に繋げる)
表裏一体指で弾くコインが空に舞う
(表裏一体=上のほうの未来と過去、これから先どちらにも転がりうる)
僕はいったいどっちの結末願う
(ここだけはゴルア側の視点?激おこゴンさんOPに出てるし
ゴンはピトーを許せない、王と和解してピトー殺せなくなるのは困る。キルアとはゴンが復讐に走ることを本音は望まない。ゴンの意思を尊重するけど。)

表裏一体光り輝くほど濃くなる影
(現時点で考える未来は人間側には到底受け入れられないし、新たな問題は次々生まれる)
ならばどこへと向かってゆく 重なった2つの未来
(日がな二人で軍儀を打って過ごす未来)




本当には理解しあえない人間同士が、紆余曲折あって手と手取り合い歩いていくというのは美談ではあるけど、
実際の所、そう簡単でもない。

一生取り返しの付かないことってやっぱりあるし、
感情面での断絶は克服できたとしても能力は人によって違うから条件が合わないと上手くいかないこともある。

例えばまあ今話題のお隣さんとの話とかですね。
http://sakabuta.jp/archives/23848964.html (今は無事、復帰したとか)
こんなことあったら、仮に(おばちゃんの発言が総意ならあと1000年はありえないだろうけど)、政治やら歴史問題やらの背景が解決したとしても、
やっぱり当事者からしたら絶許ですよ。
「あれは不幸な出来事だったけど俺は気にしないからお前も許せ、弟は兄のいうことを聞くものだ。」
なんて言われたら、
「話しかけないで下さい、不愉快です!」

「ブチ殺しますよ、お兄さん?」


交流を持つにしても、手段は選ぶ必要がある。
故意にしろ、そうでないせにせよ、何か起きてからじゃ遅いですし。

そこで囲碁とか将棋とかのボードゲーム。

最低限のルールさえ守っていれば不幸な事故も起きようが無い。
腕が無かろうが、眼が見えなかろうが、耳も聞こえなくても、脳さえあればそれで良い。
暴言などもネット越しなら聞こえない。

盤上にどうやったってにじみでる、口から出る言葉とは違うこともある相手の心の奥底にある感情や人間性などを冷静に見つめ手談によって言葉を交わす事ができる。
(あと、一局打つのにかなり時間がかかるのも大きい。共有した時間に比例して関係性は変化するから)


恨を思想の根源とする )お隣さんのような人は、
罪と罰の感情を強く意識する僕のような日本人らしい日本人には全く理解できないけども、
自分の中にある相反する感情のせいで、わけわからなくなって暴走してる苦しみを創造することはできるし、
(僕も10代の頃まるまるあの人達と同じ位やばい妄想の世界で生きてたから。厨二秒ってレベルじゃない)
自分の信じていた世界が崩れ去るのはきっついけど、いつかは破綻するんだから王のように自分を見つめなおして貰うのは救いになる。
こちらにとっては、そんな影響が与えられるような人間になるということ、それ自体がメリットになる。
僕はコムギ、あるいはヒカ碁なら佐為みたいになりたい、またそういう人が増えたらいいと思う。
それは棋力の問題じゃなくて、碁に対する、あるいは相手に対する姿勢の問題。
嫌いな人を世の中から消せない以上、付き合い方を考える上で囲碁は利用できるんじゃないかなと改めて感じたので、ハンタが好きなんだとわかりました。


じゃあ、どうしたら皆が佐為になれるのか?


マナーを守るとか、そういうのは当然として、
石を取られたくない焦り、地を取られたくない焼きもち、無理手を打ってでも相手をぶっ倒したいというネガティブな攻撃性、
そういった種類は違えど勝ちにこだわりすぎる感情が打ち方を不自由にし、あっちにふらふら、こっちにふらふらと一貫性の無い打ち方をするのは良くないと思います。
あとはやはり独創性のある碁を打ちたい。
最後に、自信を持つこと。

そういった姿勢で席に座るためには想像力を育む必要があると感じます。

今現在、碁の勉強ばかりしていてもなかなか上手くいかないという人は、他の事でそれをなすのも有り。

純粋な思いで本気で上達を目指すことのできる囲碁以外の何かを一生懸命やる経験を通して、自然と囲碁もそういうメンタリティーで楽しめるようになるはずです。

新春囲碁大会みたいなのでアーティストとかスポーツ選手とかが打ってますけど、テレビの眼があるのにもかかわらず
上手い人から見れば下手なりになかなか気持ちの良い碁を打つのも、そういったところからきてると思います。

僕自身碁は全然打ってないのに、買ってきた漫画読んだりドラマCD聴いたり、DVD見たり、後他に色々してるだけで、久しぶりに打つと前には絶対に思いつかなかった手が浮かんで見える世界が広がる経験はここ1,2年特にあります。
そういうの繰り返して、僕は自分がどれだけだって伸びるって心の底から信じれるようになったので、一生世界は広がり続けると思う。
メンタルも体も超弱いから、物理的、資金的要因とかで障害あるものは全然そうは思えないけど、頭の中だけで解決できる分野に関しては、人は限界はないはず。
(後は時間との勝負か?故加藤正夫プロもじじいになってからも伸び続けてタイトル取ったけど、数年後に亡くなられたし。)
エアギアでは人が空を飛べないのは肉体がそう作られていないというだけでなく、人は飛べないと考えているからという話もあったっけ。

武宮プロなんかもダンスしたり、バッグギャモン?とかいうゲームでタイトル取ったり、
アマから見たら「何やってんだよ」と言いたくなる様なことしてるのに、勝率が上がったりしてるのも似たようなことかもしれないです。

棋力の高低はありますけど、下手は誰にでもいますから、
「これが俺の碁だ、私の碁だ」
と誇れるような碁を打ってお手本になってもらいたく思います。

碁の勉強だけで碁が形作られるわけじゃないから、人によって千差万別、趣味とかがあう自分にしか教えられない方法が効果的なこともあるかもしれない。

碁の人口を増やして、もっと人目に触れるようにするにも、
碁の世界に入ってきた人が10人いたとして、
御器所9段やダケさんみたいな上手が一人いるだけでその全員碁に失望してやめちゃうかもしれない、
逆に自分よりほんの少し強い上手に憧れて続けてくれるかもしれない。

自分みたいなへたっぴなんて・・・と焦らないで、一人一人が自分の碁を打てるよう目指して欲しいです。
誰かは見てる。
「キミの中に見え隠れする もう1人の影
ボクがずっと見てきたあの―」
囲碁普及はコネとか無い個人だと大変ですけど、教育による全体の意識レベルの底上げなら誰でもできるはず。ただ打って背中を見せるだけでいい。



おまけ。

http://staff.texas-daddy.com/?eid=454

日本人の名誉のためにアメリカで孤軍奮闘、戦ってくれてる親父が3000人以上から脅迫メールを送られてます。
親父を守るためにも署名のご協力お願いしますm(_ _)m
名前は漢字だとまずい?らしいです。漢字一文字ずつしか出ないだけでできたっぽいけど。


ちなみに後ろの画像は伊坂幸太郎氏の魔王から。
サンデーの漫画では
1 魔王
2 ダレン・シャン
3 H2(あだち充)
の順に好きかな。
ぃーね! (2) 星めぐり  tosi_nori 

コメント

2013年
12月15日
12:50

1: 劉瑜

漫画しか読んでないけど、
『4-7-1帥・・・・・』には鳥肌が立ちました(´;ω;`)

2013年
12月17日
15:39

2: -

コムギと王の絆は善悪を超えた、何か大切なモノですよね。

2013年
12月17日
18:24

随分長らくgoxiから遠ざかっていらしたようですが、久しぶりにお名前を拝見して喜んでおります。

2013年
12月17日
20:28

囲碁は毎日何年やっても面白いよね~♪

棋譜作成
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