岡部倫太郎さんの日記

(Web全体に公開)

2016年
01月30日
04:45

Innocent World


というわけで、前回の記事の続きです。





名作にありがちな特徴でもありますが、(特にSFやミステリーに多い)
全てを言葉で説明しようとはせずに、
読者の解釈に任せるように余韻を残して終わっています。
加えて、厄介なタイムスリップ物ですので、
SF小説に造詣がある人以外はとっつきにくいはず。

一度、見ただけでは、
時系列や事実関係などが把握しにくいと感じる人もいるでしょうから、
軽く、僕の方でまとめてみました。
(動画見てる間に、既に頭の中で整理されてる人は飛ばして下さい)









・太吉6歳位?(1929年頃)

50過ぎの中年太吉が、時を越えて村に現れる。
自分がいない間に無くなった里子や村に対する複雑な思いから、
村に残ることを決意。
当時の田舎の事情や、村の中心にいる親父のことは理解しているため、
余所者として土蔵に軟禁されるような、
囚人同然の生活もすんなり受け入れる。

この頃から少年太吉は里子に対して、
子どもなりに好意を持って付き合っていた。
将来のことを考えることもなく、無邪気に日々を過ごせていた時代である。

老人太吉も「タイムリミット」はまだだいぶ先のことであるから、
土蔵の外から聞こえてくる村の様子に耳を傾け、
引きこもり生活ではあるものの、
新鮮な気持ちでのんびりと日々を過ごしていたと思われる。
常に神経を張り詰めさせて一人で戦争してるつもりでいた頃に比べれば、
これでも天国と言える。





・大吉12歳位(1935年頃、非国民という言葉が多用されるようになる)

あんな山の中では中学なんて無いはずなので、
2,3歳年下で小学校に通う里子から離れて、山を降りた先の学校に通う。
長い付き合いの中で初めての事なので、
お互いに戸惑いや不安を抱えているであろう中、
時間を捻出して二人で過ごしていた。

中年太吉もその想いは同じで、
これを機に二人が離れていくわけではないということは知りつつも、
あまり村の中で二人が一緒にいるのを見なくなったこともあり、
たった一度だけ、土蔵を抜け出して様子を見に向かった。
思い出の場所である、あの木の下まで見に来たが、
周囲に見守られて大人に応援されている様子と、
思春期で素直になれないお年頃でも、不器用ながら里子を思いやっている少年太吉を見て安心する。

同時に、それを感じ取ったからこそ、一層、
自分が何とかしないといけないと責任を感ずる。





・太吉15歳位(1938年頃)

こんな田舎でも戦争の気運が高まってくる。
青年太吉の心境はわからないが、
誰よりも戦争を経験してきた中年太吉は焦りを感じ、
追い詰められていった筈。





・太吉19歳位(1944年頃)

日本の敗色濃厚という描写から考えて、
徴兵の対象年齢が引き下げられた頃だと思われる。
(ベテラン兵士も少なくなり、
手段を選んでられなくなった末の神風特攻隊で多くの若い命が失われた。)

太吉は田舎の本家の跡取り息子だったため、
幼い頃からの婚約者である里子との婚約を迫られる。
新婚初夜を共に過ごしたものの、
自分が死んだ後のことを考慮して手を出さずにいた。
それが逆効果になることをわかっている老人太吉は、
子どもを残させようと煽るものの無駄に終わる。





・太吉21歳位~(1945年以降)

終戦したにも関らず、歩兵として島で篭城して戦っていたであろう太吉は、
それを信じることが出来ずに島に残り続ける。
(1974年に保護された、元陸軍少尉、小野田寛郎がモデルと思われる)

空襲や原爆等で戦地以外にも被害が及んでいたこともあり、
日本中がてんやわんやで管理しきれず、
「永遠のゼロ」にもあったように、
死んだと思っていた人が生きて帰る事も結構あったはずだし、
里子も数年くらいは太吉の死を完全には信じられず、
それ故に、希望を持って待っていた可能性が高い。

全てを知っている老人太吉は、
そんな里子の様子を蔵の外で見聞きする度、歯がゆい思いをしていたはず。

やがて、里子も太吉の死を受け入れざるを得なくなり、
周囲の人達も新しい人生を考えるべきだと諭すものの、
里子は頑として聞かず。

この時代の里子の描写はほぼ無いため、
どの程度の期間かはわからないものの、
しばらくして、一人大吉を想いながら亡くなる。
程なくして、老人太吉も後を追う。





・大吉50歳位(1974年頃)

30年間、一人戦い続けた太吉は、ようやく保護され、現実を知る。

故郷に残してきた里子や村がどうなっているか様子を見に行くものの、
村はもう無く、浦島家は散りじり、里子もこの世を去っていた。

30年間、お国のために生きてきた、
逆に言えば、村や里子を捨てたとも言えるわけだから、
その結果がこれだということで罪悪感を覚えた。

そんな自分の心のしこりや、出来る事ならやり直したいという願望からか、
突如、タイムスリップして、40年以上前の村に戻ることとなった。






ざっとこんなところですか。

ここから先は更に太吉の心の深いところを探っていきたいと思います。



動画の5:22秒辺りを見てもわかるように、
太吉には正義感が強く、人の話を聞かない頑固な面が幼少期より見られます。

30年間、戦争がまだ続いていると思い込み、
見えない敵と戦っていたわけですが、
この点だけを取り上げて意見を求められたならば、
太吉の行為を愚かで身勝手だと批判する人も少なくないでしょうし、
そこまでは思わずとも、こんな人生は真っ平ごめん、
自分はこんなのは嫌だと考える人は多いことでしょう。

いい学校行って、いい会社入って、家庭を持って、
そういう普通の人生が一番だと昔から言われることからもわかることです。


ここまでなら、まだ、こういうのを格好いいと感じる人だっているはずです。

大人に反発する思春期の子どもや、
棋士のような一般的な常識が通用しない世界で生きようとする人、
そういう人というのも、ある種、自分勝手で傲慢、
勝ち負けがはっきりしているため、
自分の手で他人を叩き落す日常を過ごしている人がそれです。

興味が無い、よく知らない人からすれば、そんなことに夢中になる、
言い換えれば、
そんなことを正しいと信じて行動できるなんて正気の沙汰とは思えないでしょうから。

そういう人の目には太吉はある種のヒーローに映ることもあるかもしれない。
バッドエンドで終わっても、
大義のために一人戦う兵士って映画の主人公みたいにかっこいいですから。




この作品の肝でもある、問題はここからです。

太吉は、出来る事なら自分の事は忘れて里子に新しい人生を送って欲しい、
それが無理でも、せめて、過去の自分と子どもを作って支えにして欲しい、
そう考えて土蔵の中で過ごしていたと思われます。

ただ、ドラえもんでもそうですけど、タイムスリップもののお約束として、
過去、あるいは未来は変えられないというのが、
藤子作品では一貫して描かれていることから、
この作品でも、太吉は過去を変える事は出来なかったはずです。

にも関らず、最後の場面を見る限り、
太吉は自分の生き方に納得して死んでいったと考えられます。



その根拠は動画の最後の場面にあります。

過去の太吉と里子がまだ小さな子どもだったため、
未来から太吉が来て間もない頃の筈ですが、
二人の話し声を座って聞いている太吉の髪は白く、
明らかに老人のそれです。

これが意味するところは、この場面は実際にあったことではなく、
恐らく、太吉が死ぬ前、あるいは死んだ後に見ている、
考えているものだということです。
そして、太吉の表情はとても穏やかで、
新婚初夜に必死の形相で叫んでいたものとはまるで違います。
少なくとも、最後の最後は、
穏やかな心持でこの世を去っていったと考えることができます。


太吉が村にいた頃は、
言葉も碌に喋れなくなるほどの「気ぶり爺」として過ごしていたのに、
一体、どういう心境の変化があったのか?




青年太吉が里子を抱かずに村を去った後、
老人太吉は絶望していたはずです。

「こうなってしまっては、もう、自分にできる事は何も無い。

村の大人達がどれだけ説得しても、俺を待ち続けた里子が
素性の知れぬ「気ぶり爺」が何を言ったところで、
心変わりすることはありえない。

お国のために戦ってきたつもりになってた30年間、
里子や村のために何かできるかもしれないと、
一縷の望みを持っていた15年位の期間、
全て、自分の自己満足の内に終わってしまった。

一体、自分の人生は何だったのか?
ぬくぬくと育った自分と違い、碌に学校にも通えず、
飯も食わせてもらえない家だってあった。
戦時中、生きて帰りたいと願いながらも死んでいった同胞達はたくさんいた。
運良く、生き残った自分が、
其の後に自分の意思で選択してきたことの結果が、この有様。

何も成さず、何も残せず、社会の風上にもおけない、
生きながら死んでる非国民そのものでしかない。

こういう人生を選んだ自分に関しては自業自得で滑稽だと笑えば済むが、
自分の命は自分だけのものではないのだ。
何かの役に立てなければ、生きている意味など無いではないか。

今更、村に残ったところで出来る事など無い、
無いが、それでも、今更、里子や村を捨てる気になれない。

何だ、これは。
結局、最後に残ったのはそれなのか。

何がお国のためだ、何か里子のためだ、
出来る事はもうないと受け入れたこの期に及んで尚、
自分の感情に身を任せて身動き取れないでいる。

これ程、醜悪だったのか、自分は。気ぶり爺とはよくいったもんだ。

いっそ、もう死んでしまいたい。
だが、自分で命を絶つわけにもいかない、
自分が最低の人間だということは今や否定しないが、
それでも、この命は皆に生かされきたものであり、
自分一人がどうこうできるものではないのだ。

どれだけ、身を落としても自分は人間だ。
知能を持たない野性の生き物ですら、
自分可愛さで自ら命を断ったりはしない。

同じ動物である自分は、どこまでいっても人間なのだ。
人間をやめることが出来ない以上、死ぬ事も出来ない。

この先の余生は、そんな俺の罪に対する罰なのかもしれない。」



完全に僕の憶測でしか無いのですが、とりあえず、こんなところでしょう。

里子のために戻ったにも関らず、15年以上も時間をかけたにも関らず、
何も変える事が出来なかった、
そのことで、自分の人生の全てを、
自分の存在すらも否定するようになったわけです。

責任転嫁するのが上手い人なら、
○○のせいだ(世の中が悪いも含む)と他の何かのせいにするのですが、
誰に責任を押し付けたところで、構図としては同じです。


では、ここまで思いつめていたのに、何故、心境ががらっと変化したのか?




これについても実は同じ原理が働いています。
つまり、構図というやつです。

人は自分を映す鏡だとか(ミラーニューロンがうんたら)
人は環境によって変化する生き物だというように、
共感能力が高い人程、良くも悪くも、簡単に変化してしまうわけです。

具体的にはどういうことを太吉は考えていたのか探っていきましょう。






「だが、ちょっと待てよ。

何かがおかしい。

もう、いいかげん、里子も俺が死んだことを受け入れ始めただろう。
いいかげん、第二の人生について考えてみるべきだ。

なのに、里子はいまだに村に残っている。
10代の生娘で、まだまだ、幾らでも人生やり直せる、
今の年老いて碌に動けない自分とは違うのだ。

だが、よくよく考えてみれば、
この俺だって、タイムスリップした直後なら、
中年とはいえ他の人生だって選べたのだ。

何も、村に残る事に固執することはなかった。

事業を起して余所者として村と協力関係を結ぶなど、
他に幾らでもやり様はあったのだ。

何もこんな、隠居爺みたいな生活を通して過去改変をしよう等という、
愚策を選ぶ必要はなかった。

其の点は俺も里子も間違っているのは間違いない。

そう、間違ってはいるのだが・・・・
今、里子は何を考えて毎日を過ごしている?

最初の選択が同じだというなら・・・・・・
もしかしたら、その後の経過も同じなのかもしれない。

思い出すんだ、俺はどうしてた?

俺は村に戻った直後、
幼少期の自分が里子を子どもなりに守ろうとしている姿を微笑ましく眺めてた。

俺が元いた時代には村も里子も無くなっていたけど、
こんな時代も確かにあったのだ、
そう、未来から過去を眺めることで、
まるで他人事のように暢気に見ていたんだ。
俺と里子にも幸せに過ごしていた時が確かにあったのだと。

ああ、そうか、そういうことなのか。

実際にタイムスリップして、
今の自分とは同じ人物だけど違う、
昔の俺と里子を第三者として眺めるのも、
ただ、過去を思い返す形で、
昔の自分達のことを神視点で眺めるのも、
構図としてはどちらも変わらないではないか。

どちらも、言い方は悪いが現実逃避しているだけだ。
だが、それでも、こんなものは唯の勘違いであり、
現実から逃げているだけであっても、
幸せな「気分」でいられたのは確かなのだ。

そして、俺のような特殊な事例に限らずとも、
隠居した年寄りというのは、
皆、そうやって、過去を懐かしみながら生きるものだ。

毎日、せかせかと働いている人達は、
そういった、のんびり生きてる年寄りを羨ましい、
自分もできるならそうしたいとすら言う。

俺が村に戻ってからしばらくの間、楽しんでいたその時間も、
世の中の年寄りの過ごすあの時間も、
今、里子が村に残って過ごしているこの時間も、
背景事情はまるで違えども、
心の中だけ覗いてみるなら、結局は同じではないか。

俺は今の里子を不幸だと、不幸だったと、ずっと思っていたが、
実はそうではないのかもしれない。

里子を否定するということは、
世の中の年寄りの生き方全てを不幸だと断定することと同義になる。

更によくよく考えてみれば、
お国のために戦ってきた30年の内のほとんどが、
唯の自己満足、勘違い、妄想でしかなかったことに気付いてからも、
時間は勿体無かったとは考えはしても、
それでも、人に自慢は出来ずとも、
自分では誇りに思っていた部分はあった。

何故なら、俺よりも先に死んだ他の共に戦った兵士が、
俺に劣るとは考えられなかったからだ。

問題なのは期間ではないし、成果でもない。
国のために一心不乱に戦った、あの思いこそが重要だったのだ。

俺は一体何を血迷っていたのか。

自分の人生を否定するという事は、
あの戦いで死んだいったもの達、全ての思いを無下にするということだ。

これこそが最も大きな罪ではないのか?

今の里子の生き方も、
タイムスリップしてからの俺の生き方も、
ベストとはとても言い難いのは確かだ、
世の中に何も残していないのは確かだ。
だが、不幸だとは限らないのだから、気に病むことはない。

本当に不幸で罪深いのは、
里子が不幸だったと考えることで、全てを否定してしまうことだ。

勘違いでも、自己満足でも、妄想でも構わないじゃないか。

里子のことを肯定しよう、自分の事を肯定しよう、世界の事を肯定しよう。

何を成し遂げたかというのは、また別の軸で評価する対象だ。

自分の人生に意味なんてなくともいい。

こうして、俺が肯定することで、
俺より先に死んだいった人のことを大切に思うことができる、
それこそが最も大事なことなんだ。

そして、俺が死んだ後でも、
後に続く人がそう考えてくれるなら、きっと、俺も救われる。

だから、せめて、祈ろう。
今までと、そして。これからに。」










こんなところですが、どう感じたでしょうか?
理屈としては、難しくは無いですよね?



人はなかなか正しく自分を評価できないものです。

「俺なんて全然たいしたことないし」
と、やたらしょうもないことを気にしたりする。

自分の事を客観的に見れないんですね。

でも、人によって能力や境遇は違うんですから、
自分より10倍頑張っても、
能力が劣るせいで自分以下のことしか出来ない人だっています。

ですから、あまり、自分を卑下するというのは、
失礼に当ると言われたりする。

そんなことはわかっているはずなのに、
少し、話が大きくなってくると、頭から抜け落ちてしまうものです。

「どうせ、自分なんてたいした能力が無いから、出来ないかもしれない。」
と思うことはあるでしょうけど、そんなことは気にする必要は無いんです。

重要なのはそんな部分では無いです。
同じ志を持っていれば、
同じ位には評価できるものですし、されるべきなんです、本来は。

ですから、焦って自分の想いよりも成果の方を気にして、
妥協したり、おかしな方向に行く必要は無いです。


あるいは、昔の事を引き摺って、今のことまで否定する必要は無いです。




藤本弘さんは、リアルのび太のように、
漫画しか取り得がない、冴えない子どもだったそうですし、
子ども時代に戦争を経験していて、
反戦思考をナチュラルに持ってはいるのですが、
この作品を見る限り、あるいは、彼の活動を見る限り、
彼は常に「未来志向」であり、それを世に伝える必要があると考え、
それらが組み合わさったからこそ、
「子供向け」漫画に拘り続けたのではないかなと僕は思っています。

そして、子どもを持つ人は勿論、若い人を指導する人程、
そういう感覚が必要なのではないかなとも。




靖国神社の参拝について韓国が文句言い続けていたり、
反戦作品を作ってやたら攻撃的な人とかいますが、
そういうのを見るたびに、何をやってるんだろうなあと思っちゃいます。
いつまで過去に引き摺られるのか、他人の評価を気にするのかと。

人はなかなか変われないものです。
それでも、結果なんて気にしていたら笑われちゃいますしね。
面倒くさいし、やる気無い時も多々ありますけど、やるしかない。

結果は気にせず、常に、正しく在りたい。

子どものように、隠居した爺婆のように、
現実に拘らない、ある意味で純粋な、
そんなバカ共の、正義の味方に。





ああ、ちなみに、国や赤の他人のために命を捨てれる人と、
国なんてどうなろうが、一人だけ助かるならいいと考える人では、
同じ勘違いをしているに過ぎないとはいっても、勿論、厳密には違います。

ただ、どちらも、本人の体感的には、似た感じになるというだけのこと。

「あんな生き方、苦しそうだわ。」
どちらの側からにしても、そうやって違う陣営を見ることがおかしい、
そういう話でした。
ぃーね! (1) pin7xp 
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