昨日、初めて訪れた碁会所でのこと。
お相手してくださった方は20代半ばだろうか。こちらが六段ですと告げると、予想だにしなかった言葉が返ってきた。
「じゃあ4子で」
ほう。
彼の顔を一度、二度と見返す。プロ……じゃないよね?
しかし、六段を名乗った一見客にためらいなく4子置かせるわけだから相当力に自信があるのだろう。それに、プロを目指す人たちの間で一番手直りを打ったら、さして力に差がなくても4子くらいの手合いなら現れると聞く。
こちらは穏やかに、言われるがままに4つの石を置いた。
こうやってたくさん石を置いた側は、気楽に打てるものじゃない。そもそも、勝って普通の碁を普通に勝つこととて難しい。まして、「たくさん石を置いた」と意識してしまったら、その時点で及び腰になる。私は内心ぐっと力を入れ、難戦を覚悟した。
序盤は固く、やや甘く打つ。萎縮していると取られても当然なくらいに。リードを少しずつ手放しているのはもちろん自覚しているが、それでいい。
すると与しやすしと見たか、お相手から甘い手が飛び出した。鉄壁に密着したカス石をアテてきたのだ。そうか、私、そんなに弱く見えましたか。参ったな。
ここからは必死で競り合いに出た。まあ、完全に別人の碁である。その上元から相手の方が薄いのだから、打ちやすいのは当然のこと。
局後の検討では、お相手が最後の競り合いを丁寧に反芻していた。たくさん置かせたからと言って、気が楽というわけでもなさそうであった。
それにしても、普段経験できない碁でよい勉強になった。強い人が目一杯追い込んで来るのは楽しいし、虚実織り交ぜた駆け引きもまた、対話である。しかしながら、この種のプレッシャーは決して気持ちのよいものではない。できればほんのたまにに留めておきたいものである。