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囲碁のルール
ドイツの囲碁ルール研究家の Robert Jasiek さんが
rec.games.go に国際囲碁ルール研究会
第3回会合 (2005年7月、日本)
第4回会合 (2005年10月、韓国)
第6回会合 (2006年7月、米国)
についてレポートを書いているので
以下にそれらを読める場所を示しておきます。
http://newsgroups.derkeiler.com/Archive/Rec/rec.games.go/...
http://newsgroups.derkeiler.com/Archive/Rec/rec.games.go/...
http://newsgroups.derkeiler.com/Archive/Rec/rec.games.go/...
これらで報告されている事柄は
日本ではほとんど知られていないのではないかと思われます。
以下ではこれらの内容から特に「日本ルール」に
関係した部分を紹介することにします。
■第3回会合 (2005年7月、日本)
第3回会合で日本側は日本囲碁規約(1989)について詳しく説明したのですが、
日本以外からの参加者は了解済みの話が多かったようです。
特に Jasiek さんを代表とする欧米からの出席者たちは
すでに日本囲碁規約(1989)についてよく勉強していました。
少なくとも欧米の囲碁ルール関係者が
日本囲碁規約(1989)の特徴と欠点・欠陥をよく承知していることは、
Jasiek さんが書いた日本囲碁規約の分析が
インターネットで公開されていることを知れば想像できると思います。
http://home.snafu.de/jasiek/j1989c.html (日本囲碁規約(1989)の分析)
http://home.snafu.de/jasiek/j2003.html (日本囲碁規約の完全な修正版)
http://home.snafu.de/jasiek/j2003com.html (修正版の解説)
日本囲碁規約(1989)を推したいのであれば、
すでにインターネットで公開されているこれらの文書を熟読した上で
対応しなければいけませんでした。
第3回会合の最後には各国の異なる複数の整地法を十三路盤で実演して
みたようです。スピードでは日本式の整地法の圧勝です。
このデモンストレーションは非常に良かったと思います。
個人的に興味深いと思ってのは
盤上の石を移動させないニュージーランド計算法です。
初心者がやったのに結構早い。盤上の石の配置を破壊しないので、
ダブルチェックが容易である点に大きなメリットがあるようです。
ニュージーランド計算法の詳細を御存知の方は日本語で詳しく
紹介する価値があると思います。
■第4回会合 (2005年10月、韓国)
ここでも日本勢は日本囲碁規約(1989)のタイプの日本ルールの良さを
他の参加者に認めてもらうことに失敗しています。
日本伝統の「美しさ」の強調はむしろ日本囲碁規約(1989)の「汚さ」
を際立たせることになってしまったようです。
少なくとも Jasiek さんがそのように感じていたことは明らかです。
実は、日本ルールの美について語る人の多くは
日本的な囲碁の「省略の美」とルールが無関係なことを
よく理解していないものと思われます。
「駄目詰めと手入れを省略した終局図の美しさ」はルールとは無関係です。
たとえ中国ルールであっても駄目詰めと手入れを省略した局面で終局図と
することは可能です。「省略の美」は決して日本ルールに固有の特徴では
ありません。
十分に棋力が高ければ(必要であればプロレベルであれば)
駄目詰めと手入れで間違わないであろうと想定して良いのは、
日本ルールであろうと中国ルールであろうと他のどんなルールであろう
と同じことでしょう。
日本の古典棋譜の駄目詰めと手入れを大幅に省略した終局図を示して、
そこに日本の囲碁の伝統的な美があることを示しても、
それはルール選択とは無関係な話なのです。
ちなみに第4回会合で紹介された1715年の棋譜はおそらく次です。
http://wiki.optus.nu/igo/index.php?cmd=kif&cmds=displ...
日本伝統の「省略の美」についての長い説明を聞いた後に、
中国代表の Hua さんは次のように述べています。
"Dame need not be shown on the game record,
even if Area Scoring is used. "
「駄目詰めを棋譜で示す必要がないのは、
中国ルールを使っていても同じことだ。」
中国ルール(より正確には「地と活石」で計算するルール)でも可能なことを
あたかも日本ルール固有の「美」であるかのように語ってしまっては
他の国の代表をいらいらさせてしまって当然だと思います。
■第6回会合 (2006年7月、米国)
第6回会合に日本と韓国の代表は出席していません。
「地とハマ」で計算するルールの味方は Jasiek さんだけという状況。
ただし Jasiek さんは池田敏雄囲碁ルール試案「日本式I」について
話し合おうとしていました。
池田試案「日本式I」に基づいた死活判定は結果的に「全局死活論」になり
ます。日本式ルールの推進者が「死活は部分的に独立に判定されるべきだ」
と強く主張し続ける限り、「日本式I」が採用されることはないでしょうが。
■個人的な意見
個人的には
「地と活石」で計算する中国式ルールと
「地とハマ」で計算する日本式ルールの両方を
「国際ルール」として使用できるようにしておくのが良いと思います。
そして、双方のルールを歩み寄らせて2つの計算法が同値になるように
しておけば理想的だと思います。
すでに1960年代の終わりに日本の池田敏雄氏によって
「中国式III」と「日本式I」と名付けられたルールが提案されており、
その2つのルールの計算法が同値であることが証明されています。
「日本式I」ルールは Jasiek さんによってかなり深く研究されており、
大きな欠点が無さそうなことがわかっています。
「中国式III」はすでにワールドマインドスポーツゲームズ2008での
ルールとして採用された実績があります。
日本側がすでに実績のある「中国式III」と計算法が同値な「日本式I」を
強く推せば、国際大会のルールとして採用される可能性はかなり高いもの
と思われます。
日本の慣習的囲碁ルールの支持者が妥協しなければいけないことは
以下の点です。
(1) 死活を必要なら対局の継続によって確定可能にすることへの同意
(2) セキの目や一方ダメなども地とみなすことへの同意
(3) 同一局面(盤上の石の配置)の反復をすべて禁止することへの同意
International Go Rules Forum に頻繁に登場するキーワードは
compromise = 歩み寄りのようです。
Jasiek さんはさらに同形反復に関するルールを日本囲碁規約(1989)に
近い形でゆるめた「日本式I」型ルールも提案しています。
http://newsgroups.derkeiler.com/Archive/Rec/rec.games.go/...
これを採用すれば(3)の同意はしなくてすみます。
Jasiek さんは様々な compromise を考えています。
まだ「頻繁なパス争い」の有無がよく研究されていない点が問題になりますが、
「日本式II」型ルールを採用すれば(2)の同意も必要無くなります。
(その代わり「中国式III」型ルールとの計算法の同値性が失われる)
最大の問題は(1)です。死活を対局の継続で判定可能とする「日本式I、II」
型ルールでは「死活は部分的に独立に判定されるべきである」という
「部分死活論」=「独立死活論」は否定されます。
たとえばコウが強ければ半コウをつがずに終わりにして、
半コウ部分の欠け目を自分の地と主張できます(本因坊秀哉の判定)。
http://tmkc.pgq.jp/igo/j_s6/j6030001.html
通常の日本ルールでは価値のない駄目詰めしか残っていない
局面であっても、中国ルールの場合と同じ手段で得できる場合があります。
http://sowhat.ifdef.jp/igo/chinese/#18 の例で
「日本式I、II」なら通常の日本ルールと比較して黒は1目得をできる。
これらの特徴のおかげで「日本式I、II」では
通常の日本ルールよりも最終盤で使えるテクニックが増えます。
コウ材ひとつの価値が通常の日本ルールより高くなるので、
より注意深く厚く打つ必要が出て来ます。
あと、相手からのコウ材で消せないものがあるとき
隅の曲がり四目は必ずしも死とは限らなくなります。
http://tmkc.pgq.jp/igo/j_s6/j6050000.html
しかしこのような場合はかなりまれなので大した問題ではありません。
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■追記2009年10月4日 WMSG 2008 Rules の起草者について
その後、北京開催のワールドマインドスポーツゲームズ 2008 (WMSG 2008)
では実質的に池田囲碁ルール試案「中国式III」が採用されました。
ここで「実質的に」と述べているのは、実際のルールブックの記述は、
単純なオリジナルの「中国式III」と比較して、
ずっと複雑になっているからです。
ドイツの囲碁ルール研究者 Robert Jasiek は WMSG 2008 のレポートを
rec.games.go に書いています。
http://newsgroups.derkeiler.com/Archive/Rec/rec.games.go/...
そこで Jasiek さんは、中国における囲碁ルール研究者で
WMSG 2008 の囲碁ルールの起草者でもある Mr. Chen (Chen Zuyuan、陳祖源)
に聞いた話が紹介されています。
非常に残念なことにそこでも悪役は「日本側」です。
おそらく Chen さんが最初に提案したルールは
シンプルな池田敏雄囲碁ルール試案「中国式III」そのものです。
シンプルで「日本式I」と計算法が同値であり、
中国ルールの一種なのに自分の地への無駄な手入れが
1目の損になるという日本ルール的な特徴を持っています。
「中国式III」は中国ルールを日本ルールに歩み寄らせたものとみなせます。
日本ルールへの歩み寄りと単純な論理の美しさを
同時に実現した素晴らしい選択だと思います。
ところが、正式ルール決定の過程で「日本側」を納得させるために、
無駄なルールや説明をたくさん付け加えざるを得なくなったらしい。
これは本当に残念なことです。
Jasiek さんが囲碁ルールのエキスパートであることは
Jasiek さんのウェブサイトを熟読すればよくわかります。
http://home.snafu.de/jasiek/rules.html
特に「地とハマ」で計算する日本式ルールについて非常に詳しい。
Chen さんについても検索してみました。
Chen さんは「囲棋規則演変史」という題名の本を書いています。
http://book.bitrich.com/bookdetail-9b54860e58764682a9a711...
目次を見ると「第六章 統一之路」に「三、池田敏雄的研究」という節
があります。Chen さんはやはり池田敏雄氏による囲碁ルール研究について
よく知っていたようです。
付録には、中国、日本、韓国、応氏、米国のルールがまとめられています。
ちなみに米国ルール (AGAルール) では中国式と日本式の計算法のどちらを
使っても結果が同じになるように工夫されています(「日本式III」の方法)。
このように、ドイツや中国には囲碁ルールに関する信頼できる専門家がいて、
中国ルールと日本ルールを互いに歩み寄らせる方法を熟知しています。
米国ルールも中国式と日本式計算法が同値になるように工夫されています。
そして歩み寄りに詳しい人たちが国際ルールを決める現場に出て来ている。
そういう素晴らしいことが起こっているところで、
「歩み寄り」を邪魔しているのが「日本側」となっているわけです。
こういう事実は今まで日本の囲碁ファンにはほとんど知られていなかった
のではないかと思われます。
しかも「駄目詰めや手入れの美しい省略は日本ルール固有の特徴である」
という間違った説に基づいて邪魔しているふしが見られる。
駄目詰めや手入れを棋譜から省略することは中国ルールでも可能です。
十分に棋力が高ければ、駄目詰めや手入れを省略した部分を
埋めて完全に正確に目算することは、ルールがどれであっても可能です。
以上です。