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数学
強い人たち(特にプロ)の棋譜を並べると、
単に利益を確定するための大きな手よりも
「次に大きな手があるぞ」というタイプの手
すなわち「脅しの手」を優先する傾向があると思います。
この日記ではその理由を簡単なヨセの問題を例に考えることにします。
■先手ヨセについて復習
○○○○○○○○○● S図(外側の石は活石)
○●●●●●B●A●
○○○○○○○○○●
これは典型的な黒からの(片)先手のヨセを説明するために用意した図です。
実戦的な形は計算が難しくなるのでこのような図にしました。
黒Aの後続の手黒Bは見合い5目(出入り10目)の後手ヨセになっています。
だから局面のS図以外の残りの部分に見合い5目未満(出入り10目未満)の
後手ヨセ相当の手しか残っていなければ、
黒Aとすれば白はBと応じなければいけなくなり、黒の先手になります。
そのとき、黒A、白Bとなった場合(白地10目)と白A(白地13目)の比較で、
黒Aは出入り3目の片先手のヨセになります。
注意しなければいけないことは、
S図以外の残りの部分に見合い5目超(出入り10目超)の
後手ヨセ相当の手が残っていれば、黒Aが先手にならないことです。
黒Aの後手ヨセとしての大きさは、
黒A(Bの権利を折半して白地5目)と白A(白地13目)の比較で
見合い4目(出入り8目)になります。
だから、白は、残りの部分に見合い4目以下(出入り8目以下)の後手ヨセ相当
の手しか残っていない状況になるまで、Aに打ちません。
一方、黒は、残りの部分に見合い5目以下(出入り10目以下)の後手ヨセ相当
の手しか残っていない状況になるまで、Aに打ちません。
このことから、黒がAに打てる可能性は白よりも高いということになります。
よくあるヨセの解説では以上の説明を省略して
「黒Aは先手ヨセであり、Aの権利は黒の側にある」
などと説明されます。しかし、それを「うのみ」してしまうと、
実戦で白Aと自然な手順で逆ヨセを打たれてしまったときに
「うぎゃ!」となってしまうわけです。
片先手ヨセの正体は
「その手自身よりも大きな後続の手を持つヨセの手」です。
後続の手段の大きさが「脅し」として通用する状況では
実際に先手ヨセになるわけです。
以上が(片)先手ヨセの基本です。
■先手ヨセになるかどうかの境目でどうするべきか
○○○○○○○○○● 再掲S図(外側の石は活石)
○●●●●●B●A●
○○○○○○○○○●
黒Aが先手ヨセになるために必要十分条件は
S図以外の残りの部分に見合い5目未満(出入り10目未満)の後手ヨセ相当の手
しかなくなることです。
それではS図以外の残りの部分に
見合い5目ぴったり(出入り10目ぴったり)の後手ヨセ、たとえば
○○○○○○○● G図(外側の石は活石)
○●●●●●C●
○○○○○○○●
のような後手ヨセが残っているとき、
黒はS図のヨセとG図のヨセをどちらを優先するべきなのでしょうか?
解答。S図とG図以外の残りの部分のヨセがどのような形になっていても、
黒はG図のCよりもS図のAに優先して打つべきである。
この結果はヨセの問題図の「差」の方法(組み合わせゲーム理論の方法)を
使えば証明できます。(注意:コウの問題は無視した。)
■図の「差」を用いた証明
次の4つの図を合わせた状況を考えます。
黒AとしたS図、G図、白黒反転したS図、白黒反転した黒CとしたG図。
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
○●●●●●B●●● ○●●●●●C●
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
●●●●●●●●●○ ●●●●●●●○
●○○○○○b○a○ ●○○○○○○○
●●●●●●●●●○ ●●●●●●●○
この図が黒有利ならばS+G図で黒はCよりもAを優先するべきだし、
この図が白有利ならばS+G図で黒はAよりもCを優先するべきだと
いうことになります。
しかも残ったヨセが組み合わせゲーム理論にのるような形になっていれば、
S+G図以外の残りの部分がどうなっていてもこの結論は正しいということ
になります。(ここが数学的議論のすごいところ。ある種のマジック!)
BとCが見合いになっているので、←ここ重要
実質的にa、bの部分だけが問題になる。
(1) 黒先の場合
黒1 a
白2 B
黒3 C
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
○┼┼┼┼┼◇●●● ○●●●●●◆●
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
●●●●●●●●●○ ●●●●●●●○
●○○○○○┼○◆○ ●○○○○○○○
●●●●●●●●●○ ●●●●●●●○
アゲハマ:黒石5
黒地13目、白地10目、黒3目勝ち。
(2) 白先の場合
白1 a
黒2 b
白3 B
黒4 C
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
○┼┼┼┼┼◇●●● ○●●●●●◆●
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
●●●●●●●●●○ ●●●●●●●○
●┼┼┼┼┼◆○◇○ ●○○○○○○○
●●●●●●●●●○ ●●●●●●●○
アゲハマ:黒石5、白石5
持碁。
(3) 結論。黒先なら黒3目勝ち、白先でも持碁。黒有利である。
したがって、S+G図では黒はCよりもAを優先するべきである。すなわち、
黒はAの「脅しの手」をCの「利益確定の手」よりも優先するべきである。
■見合いの考え方
S+G図 (外側の石は活石)
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
○●●●●●B●A● ○●●●●●C●
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
黒がこの部分に打つならばCよりもAに打った方が得である理由を
別の方法で説明しましょう。
黒CとしたS+G図 (外側の石は活石)
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
○●●●●●B●A● ○●●●●●◆●
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
この図でヨセが残っているのは左半分だけです。
通常この左半分で「黒Aは先手ヨセであり、黒の権利」とみなされます。
しかし現実には白Aの逆ヨセを打たれてしまう可能性が残っているわけです。
実際にそうなってしまうと次の黒AとしたS+G図より損をしてしまいます。
黒AとしたS+G図 (外側の石は活石)
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
○●●●●●B●◆● ○●●●●●C●
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
この図でBとCは見合いの関係になっています。←ここ重要!
だから黒AとしたS+G図では白地10目が確定していると考えられます。
黒CとしたS+G図では白地が13目になる可能性があるので、
黒AとしたS+G図と比較すれば3目損をする可能性が
残ってしまうわけです。
S+G図に黒が打つならばCではなくAにするべきです。
■一般化
再掲S+G図 (外側の石は活石)
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
○●●●●●B●A● ○●●●●●C●
○○○○○○○○○● ○○○○○○○●
S+G図ような状況を「組み合わせゲーム理論」では
よく次のような樹形図(tree)で表わします。
・ ・
A/ \A C/ \C
/ \ / \
・ -10 0 -10
B/ \B
/ \
0 -13
ここで、/は黒の着手を表わし、\は白の着手をを表わしています。
左がS図の部分、右がG図の部分を表現しています。
数字は確定した黒地-白地の値を表わしています。
前節の結論は次の樹形図で表わされるような状況であれば
いつでも成立しています。
・ ・
A/ \A C/ \C
/ \ / \
・ z-a-b w w-a
B/ \B
/ \
z z-a
ここでaとbは正の数でbはaよりずっと小さい(2b<a)とします。
zとwは単に原点をずらすだけなのでどんな数でも構いません。
S+G図の場合にはa=10、b=3、z=w=0です。
別の言い方をすると次のようになります。
黒がヨセの手として黒Aと黒Cの選択に悩んでいるとします。
黒Cは一手で地が確定する後手ヨセ(利益確定)で、
黒Aはそれ自身は小さいヨセだが、
黒Cと同じ大きさの後続のヨセ黒B(同じ大きさの脅し)を持ちます。
このとき黒は黒Cより黒Aを選んだ方が得である。
要するに「利益確定よりも同じ大きさの脅しを優先せよ!」ということです。
以上です。