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数学
更新:2009年11月6日01:53頃
最近、別の日記で
ヨセの問題図の「引き算」とその応用例について説明しました。
今回の日記ではその話の発展形について説明したいと思います。
私自身の専門は囲碁でも組み合わせゲーム理論ではないので、
誤りが混じることは必須と思われるので注意して下さい。
劫がからむとかなり面倒な話になるので
この日記では劫については考えないことにします。
目標は「組み合わせゲーム理論」の囲碁への応用を理解するための準備
になる知識をまとめることです。基本になる参考文献は
http://senseis.xmp.net/?CGTPath
です。日本語版は古本でしか手に入らないようですが、
http://www.amazon.co.jp/dp/4810189295
http://www.amazon.co.jp/dp/1568810326
という専門書もあります。さらに
http://homepage1.nifty.com/ta_ito/fit2008/teigo-fit.pdf
の後半も見て下さい。
■ヨセの問題図
たとえば次のような図をヨセの問題図と呼びましょう。
次はA図
●●●○
●┼┼○
●●●○
次はB図
●●●●○
●┼┼┼○
●●●●○
次はC図
●●●●●○○○○○
├┼┼┼●○┼┼┼┤
└┴┴┴┴┴┴┴┴┘
次はD図
●●●●●
├┼┼┼●○○○○○
├┼┼┼●○┼┼┼┤
└┴┴┴┴┴┴┴┴┘
ヨセの問題図では外側の石はすべて活石だと仮定しておきます。
ヨセの問題図では常に黒先と白先の両方を考えることにします。
(計算するためには当然そうすることが必要になる。)
ヨセの問題図には単純な方法で足し算と引き算が定義されます。
そのことについてまず説明しましょう。
■足し算
ふたつのヨセの問題図P、Qを合わせたものを
P図とQ図の「和」と呼び、P+B図と呼ぶことにしましょう。
[例] 上のヨセ問題図A、Bを考えましょう。このときA図+B図は
●●●○ ●●●●○
●┼┼○ ●┼┼┼○
●●●○ ●●●●○
になります。[例終]
問題図の2倍、3倍、4倍、なども同様に定義されます。
n 個のA図のコピーを合わせたものをA図の n 倍と呼びます。
たとえば上のA図の2倍は
●●●○ ●●●○
●┼┼○ ●┼┼○
●●●○ ●●●○
になります。
■引き算
P図と白黒反転させたQ図の「和」をP図とQ図の「差」と呼び、
P-Q図と呼ぶことにします。
[例] 上のA図とB図の差A-B図は
●●●○ ○○○○●
●┼┼○ ○┼┼┼●
●●●○ ○○○○●
になります。[例終]
白黒反転させたA図を-A図と呼ぶことにしましょう。
[例] 上のA図に対する-A図は
○○○●
○┼┼●
○○○●
になります。[例終]
■勝敗の判定
ヨセの問題図Pにおいて、双方が最善をつくすとき、
先手が勝つためには1目以上上回っていなければいけないということにし、
後手は持碁または1目以上上回っていることだとします。
つまり、持碁は後手勝ちということにしておきます。
「黒先黒勝ち」=「黒先ならば黒が1目以上勝ち」
「黒先白勝ち」=「黒先ならば持碁または白が1目以上勝ち」
「白先白勝ち」=「白先ならば白が1目以上勝ち」
「白先黒勝ち」=「白先ならば持碁または黒が1目以上勝ち」
■0目の地
P図が「黒先白勝ち」かつ「白先黒勝ち」
すなわち「後手勝ち」であるとき、
P図は0目の地に同値であると言い、
P=0
と書くことにしましょう。
P図では黒先持碁かつ白先持碁となるならば P=0 になります。
[例] 空の図φに黒も白も石を打てず、黒地も白地もないので、
黒先でも白先でも持碁になります。
だから空の図φは0目の地に同値です。[例終]
[例] 次の問題図では白と黒の1子取りが見合いになっているので、
黒先でも白先でも結果は持碁になります。
●●●○ ○○○●
●○┼○ ○●┼●
●●●○ ○○●●
だからこの図は0目の地に同値になっています。[例終]
■同値
P図とQ図の差が0目の地に同値になるとき、
P図とQ図は同値であると言い、
P=Q
と書くことにします。
▲1. P-P=0 すなわち P=P.
証明。P図と白黒反転したP図を合わせた図では、
P図自身とその白黒反転図が互いに見合いの関係にあるので、
P-P図において、後手は
相手がP図に打ったらP図に打ち、
相手が-P図に打ったら-P図に打つという戦略によって、
最悪持碁に持ち込んで勝つことができます。
後手勝ちなので P-P=0 すなわち P=P です。
▲2. P=0 かつ Q=0 ならば P+Q=0.
証明。P=0 かつ Q=0 はP図とQ図それぞれで
後手勝ちであることを意味しています。
P+Q図において、後手番は
相手がP図に打ったらP図に打ち、
相手がQ図に打ったらQ図に打つという戦略によって、
最悪持碁に持ち込んで勝つことができます。
後手勝ちなので P+Q=0 です。
▲3. P=0 ならば P+Q=Q.
この結果は、0目の地に同値な問題図を別の図に足しても、
問題は実質的に何も変わらないことを意味しています。
証明。P=0 ならば、▲1より Q-Q=0 なので、
上の▲2を用いて、(P+Q)-Q=P+(Q-Q)=0 となります。
したがって P+Q=0 です。
▲4. P=Q かつ Q=R ならば P=R.
証明。 P=Q かつ Q=R のとき、
P-Q=0 かつ Q-R=0 であり、▲1より Q-Q=0 なので、
上の▲2より 0 = (P-Q)+(Q-R) = P+(Q-Q)-R = P-R.
したがって P=R です。
[注] 高等数学に詳しい人のための注意。
ヨセの問題図の同値類全体は加法群をなすことになる。[注終]
■整数
P図で、双方が最善をつくすとき、
黒先ならば黒地-白地が n 目以下になり、
白先ならば黒地-白地が n 目以上になるとき、
P図は n 目の地に同値であると言い、
P=n
と書くことにします。P図において黒先でも白先でも
黒地-白地=n目となるならば P=n となります。
n>0 のとき P=n ならばP図は黒地 n 目であると言い、
P=-n ならばP図は白地 n 目であると言うことにしましょう。
[例] P=4ならばP図は黒地4目とみなせ、
P=-5ならばP図は白地5目とみなせます。例えば
●●●●●●
●┼┼┼┼●
●●●●●●
は4目の地(黒地4目)に同値であり、
○○○○○○○
○┼┼┼┼┼○
○○○○○○○
は-5目の地(白地5目)になります。[例終]
P図が n 目の地に同値であるとき、
P図を別の問題図に足しても単に黒地-白地がの数字が n 目変わるだけで、
ヨセの最善手順には何も影響しないことになります。
■分母が2のベキの分数
1を次々に倍々して得られる数 2,4,8,16,32,... を2のベキと呼びます。
分母が2のベキであるような分数を次のように定義します。
まず、以下のようなヨセの問題図C(n)を考えましょう。
C(1)図
●●●○
●┼┼○
●●●○
C(2)図
●●●●○○○
●┼┼┼○┼○
●●●●○○○
C(3)図
●●●●●○○○○
●┼┼┼┼○┼┼○
●●●●●○○○○
C(4)図
●●●●●●○○○○○
●┼┼┼┼┼○┼┼┼○
●●●●●●○○○○○
5以上の n に対するC(n)図も同様に定めます。
(ここで C は corridor (回廊) の頭文字です。)
そして、C(n)図と同値であるような問題図は 1/2^n 目の地に同値
(もしくは黒地 1/2^n 目)であると定義しておきます:
C(n) = 1/2^n.
たとえば
・C(1)図と同値な図は 1/2 目の黒地である。
・C(2)図と同値な図は 1/4 目の黒地である。
・C(3)図と同値な図は 1/8 目の黒地である。
・C(4)図と同値な図は 1/16 目の黒地である。
▲1. C(1)図が“黒地 1/2 目”であることは受け入れ易いでしょう。
C(1)図の2倍が黒地1目に同値であることを証明しましょう。
C(1)図の2倍は次と同値です。
●●●○
●┼┼○
●●●○
●┼┼○
●●●○
黒先の手順
黒1 上で守り
白2 下で出
白先の手順
白1 下で出
黒2 上で守り
黒先でも白先でもそれぞれ同じく黒先、白先で次の図になります。
●●●○
●┼◆○
●●●○
●┼◇○
●●●○
これは黒地1目と同値です。これで
2×C(1)=1目
が示されました。
▲2. 次にC(2)図の2倍がC(1)図に同値であることを証明しましょう。
C(2)図の2倍は次と同値です。
●●●●○○○
●┼┼┼○┼○
●●●●○○○
●┼┼┼○┼○
●●●●○○○
黒先の手順
黒1 上で守り
白2 下で出
白先の手順
白1 下で出
黒2 上で守り
黒先でも白先でもそれぞれ同じく黒先、白先で次の図になります。
●●●●○○○
●┼┼◆○┼○
●●●●○○○
●┼┼◇○┼○
●●●●○○○
この図は黒地2目と白地2目をキャンセルして無くした次の図と同値。
●●●●○
●┼┼○○
●●●●○
この図はC(1)図と同値です。これで
2×C(2) = C(1) = 1/2
が示されました。
▲3. さらにC(3)図の2倍がC(2)図に同値であることを証明しましょう。
C(3)図の2倍は次と同値です。
●●●●●○○○○
●┼┼┼┼○┼┼○
●●●●●○○○○
●┼┼┼┼○┼┼○
●●●●●○○○○
黒先の手順
黒1 上で守り
白2 下で出
白先の手順
白1 下で出
黒2 上で守り
黒先でも白先でもそれぞれ同じく黒先、白先で次の図になります。
●●●●●○○○○
●┼┼┼◆○┼┼○
●●●●●○○○○
●┼┼┼◇○┼┼○
●●●●●○○○○
この図は黒地3目と白地3目をキャンセルして無くした次の図に同値。
●●●●●○○○
●┼┼┼○○┼○
●●●●●○○○
この図はC(2)図と同値です。これで
2×C(3) = C(2) = 1/4
が示されました。
▲4. C(n+1)図の2倍がC(n)図に同値なことも同様に示されます。
以上によって、囲碁の世界における分母が2のベキの分数が定義されました。
[注] 高等数学に詳しい人のための注意。
ヨセの問題図の同値類全体のなす加法群は
分母が2のベキの有理数全体を含んでいることになる。
囲碁の世界は非常によくできています。
無限に広い碁盤を用意すれば囲碁の言葉だけで
すべての数学を展開することさえ可能でしょう。[注終]
囲碁の世界に住んでいる他の分数については以下のリンク先を見て下さい。
http://senseis.xmp.net/?path=CGTPath&page=Numbers
http://senseis.xmp.net/?path=CGTPath&page=AnotherNumb...
http://senseis.xmp.net/?path=CGTPath&page=YetAnotherN...
http://senseis.xmp.net/?path=CGTPath&page=OneMoreNumb...
■不等号
P図が「黒先黒勝ち」かつ「白先黒勝ち」
すなわち「黒先でも白先でも黒勝ち」であるとき、
P>0
であると言うことにします。さらに、P-Q>0 のとき
P>Q
であると言うことにします。P>QをQ<Pと書くこともあります。
このとき
P<0
はP図が「白先でも黒先でも白勝ち」であることと同値です。
定義から、P>Q ならば P+R>Q+R となることがすぐにわかります。
実際、P>Q ならば P-Q>0 なので、
(P+R)-(Q+R)=P-Q>0 となり、P+R>Q+R が出ます。
この結果は、黒にとってP図の方がQ図よりも有利ならば、
それらに任意のR図を合わせてもP図の側がQ図の側より有利に
なることを意味しています。
[例] 1/2 > 0 を証明しましょう。
次は C(1)=1/2 の図
●●●○
●┼┼○
●●●○
(1) 黒先の場合
黒1 守り(次図)
●●●○
●┼◆○
●●●○
黒1目勝ち。
(2) 白先の場合
白1 出
●●●○
●┼◇○
●●●○
持碁なので黒勝ち。
(3) 黒先でも白先でも黒勝ちなので 1/2 > 0. [例終]
[例] 1/2 > 1/4 を証明しましょう。
次は 1/2-1/4=C(1)-C(2) の図
●●●○ ○○○○●●●
●┼┼○ ○┼┼┼●┼●
●●●○ ○○○○●●●
(1) 黒先の場合
変化1
黒1 右で出
白2 右で守り
黒3 左で守り(次図)
●●●○ ○○○○●●●
●┼◆○ ○┼◇◆●┼●
●●●○ ○○○○●●●
黒1目勝ち。
変化2
黒1 右で出
白2 左で出
黒3 右で出(次図)
●●●○ ○○○○●●●
●┼◇○ ○┼◆◆●┼●
●●●○ ○○○○●●●
黒1目勝ち。
(2) 白先の場合
変化1
白1 右で守り
黒2 左で守り(次図)
●●●○ ○○○○●●●
●┼◆○ ○┼┼◇●┼●
●●●○ ○○○○●●●
持碁なので黒勝ち。
変化2
白1 左で出
黒2 右で出
白3 左で守り
黒4 残った空点(次図)
●●●○ ○○○○●●●
●◆◇○ ○┼◇◆●┼●
●●●○ ○○○○●●●
持碁なので黒勝ち。
(3) 黒先でも白先でも黒勝ちなので 1/2 > 1/4 である。[例終]
■等号付きの不等号
P>Q または P=Qのとき、P≧Q であると言うことにします。
P≧Q を Q≦P と書くこともあります。
P≧Q と P-Q≧0 は同値です。
P≧0 はP図が「白先黒勝ち」になることを意味しています。したがって、
P≧0でないこととP図が「白先白勝ち」になることは同値になります。
▲1. P≧Q ならば P+R≧Q+R.
証明。P≧Q ならば P-Q≧0 なので、
(P+R)-(Q+R)=P-Q≧0 となり、
P+R≧Q+R が出ます。
▲3. P≧0 かつ Q≧0 ならば P+Q≧0.
これは、P図とQ図で黒有利ならばそれらを合わせたP+Q図でも黒有利
になるという直観的には当たり前のことを意味しています。
証明。PとQで「白先黒勝ち」のとき、
P+Qで白先のとき、黒は白がPに打ったらPに打ち、
白がQに打ったらQに打つという戦略で勝つことができます。
▲4. P≧Q かつ R≧S ならば P+R≧Q+S.
証明。P≧Q かつ R≧S ならば P-Q≧0 かつ R-S≧0 なので、
上の▲3より (P+R)-(Q+S)=(P-Q)+(R-S)≧0 となります。
よって P+R≧Q+S となります。
この結果は、P図の方がQ図より黒有利で、R図の方がS図より黒有利ならば、
P+R図の方がQ+S図より黒有利になるという直観的には当たり前のこと
を意味しています。
▲5. P>Q かつ R>S ならば P+R>Q+S.
証明。上の▲4より、P>Q かつ R>S ならば P+R≧Q+S となる。
もしも P+R=Q+S ならば R>S より P-Q=S-R<0 となり、
P<Q に矛盾する。よって P+R>Q+S である。
■不等号の微妙なヨセ研究への簡単な応用
すでに最近の日記「ヨセ問題の「引き算」とその応用」で応用例を示して
いますが、ここでもう一つの応用例を紹介しておきます。
次の図の下辺のヨセで黒は右と左のどちらを優先するべきでしょうか?
次はE図 (外側の石はすべて活石)
○○○┼○●●●●●○┼○○○
○●○○○○○●○○○○○●○
○●◆┴┴┴┴●┴┴┴┴┴●○
この例は『囲碁の算法』の最初で紹介されている例です。
右と左の違いは取られている黒石の数だけです。
左には右にない◆の黒1子が追加されています。
勝負は半目勝負、出入り2目以下の後手ヨセしか残っていません。
黒は右に出るべきか、左に出るべきか?
E図で黒が右に出た図をF図、左に出た図をG図とします。
次がF図
○○○┼○●●●●●○┼○○○
○●○○○○○●○○○○○●○
○●●┴┴┴┴●◆┴┴┴┴●○
次がG図
○○○┼○●●●●●○┼○○○
○●○○○○○●○○○○○●○
○●●┴┴┴◆●┴┴┴┴┴●○
黒はF図とG図のどちらを選択するべきか?
このような微妙なヨセの優劣を判定するために
もとの図と白黒反転した図を合わせた図を研究することができます。
次がF-G図=F+G図の白黒を反転した図
○○○┼○●●●●●○┼○○○
○●○○○○○●○○○○○●○ F図
○●●┴┴┴┴●●┴┴┴┴●○
●●●┼●○○○○○●┼●●●
●○●●●●●○●●●●●○● -G図
●○○┴┴┴○○┴┴┴┴┴○●
この図で黒先と白先それぞれの場合にどうなるかを調べて、
黒有利ならばE図で黒は右に出るべきだし、
白有利ならばE図で黒は左に出るべきです。
答はどちらなのか?
具体的な手順は長くなるので省略しますが
(興味のある人は碁盤に並べて研究してみて下さい)、
F-G図は、黒先なら黒1目勝ち、白先なら持碁で黒勝ちになります。
これは F-G>0 すなわち F>G を意味しています。
黒にとってF図の方がG図より有利だというのが結論です。
ここまでの説明を読んで次の疑問を持つ人がいるかもしれません。
疑問。E図と-G図の組み合わせなら黒はE図で右に出た方(F-G図)が
有利だとしても、E図と別の図の組み合わせでも黒はE図で右に出た方が
有利とは限らないのではないか?
しかし、F>G から F+R>G+R (R図は任意)となるので、
周囲の状況R図がどうであってもE図に黒が打つなら右に出る方
(F図を選ぶ方)が有利になります。E図で黒が左に出る(G図を選ぶ)
と手止まりの関係で無駄に1目損する可能性が生じてしまいます。
さらに、結論自体も結構意外なのではないかと思われます。
E図で黒が右に出る手を遠くにある黒2子を助けようとすることだと
解釈すると、左側のより近い場所に1子多くある黒3子を助けようと
する手の方が大きく見えてしまいます。
しかし、手止まりの関係で得になるのは右に出る方なのです。
類似の問題として次の図で黒が右と左にどちらに出るべきかについて
考えてみて下さい。
次はH図 (外側の石はすべて活石)
┼┼┼┼○●●●●●○┼○○○
○○○○○○○●○○○○○●○
○┴●┴┴┴┴●┴┴┴┴┴●○
この図では黒は左に出た方が有利になります(『囲碁の算法』p.9)。
このような例の存在は1目のヨセを「先を読む力」だけで完璧に打つ
ことはおそろしく難しい問題であることを示しています。
プロであれば小ヨセを完璧にできて当然だというのもおそらく誤りでしょう。
小ヨセの世界でさえ囲碁はおそろしく難しい世界になっています。
■比較不可能
注意しなければいけないことは、P≧0でもP≦0でもない場合
すなわち「黒先黒勝ち」かつ「白先白勝ち」となる場合
すなわち「先手勝ち」の場合が存在することです。
このとき、P図と0目の地は比較不可能であると言い、
P|| 0
と書くことにします。ヨセの世界では先着した方が有利になるので、
0目の地と目算される問題図の場合にはこうなるのが普通です。
P-Q || 0 のとき P||Q と書き、
PとQは比較不可能であると言うことにします。
■無限小 *(スター)
次に同値な問題図を*(スター)と呼びます。
次が*図
●●●○○○
●○┼○┼○
●●●○○○
この図を目算するときには黒地-白地=0目と計算します。
しかし、*図では黒先と白先で結果が異なるので、
*図は0目の地と同値ではありません。*は以下で示すように、
*+*=0、*は0目の地と比較不可能、*は無限小
という性質を持っています。
上の*図のような状況を単に0目の地と目算するのではなく、
*という特別な性質を持つ場所だと認識することは、
見合い1目(出入り2目)以下の着手しか残っていないような
ヨセで手止まりを打つための「ヨミ」で必要になります。
*の他にも重要な無限小がヨセの問題図の世界に存在します。
それらの無限小は単なる目算で抜け落ちた情報を補完する役割を
果たしていると考えられます。
次の図は 1+* に同値です。
●●●○
●○┼○
●●●○
この図は上の*図から1目の白地を取り除いたものです。
一般に段階のヨセを含まない見合い1目(出入り2目)の
後手ヨセの図は「数で表わされる地+*」に同値になります。
これは、数で表わされる地の部分を除けば、
段階のヨセを含まない見合い1目の後手ヨセは * そのもの
だと思って構いません。
▲1. *||0
これは*図で先手勝ちであることを意味しています。
そのことはほとんど明らかでしょう。
▲2. *+*=0 (すなわち -*=*)
これは*が偶数個あると見合い関係になって
0目の地と同値になることを意味しています。
偶数個の*はヨセの手順を考えるとき無視できます。
証明。次は*+*の図
●●●○○○ ●●●○○○
●○┼○┼○ ●○┼○┼○
●●●○○○ ●●●○○○
左右が見合いなのでこれが0目の地と同値なことはほとんど明らか。
黒先でも白先でも持碁になります。
▲3. -1/2^n < * <1/2^n (n=1,2,3,...)
これは * が無限小であることを意味しています。
-*=* より *<1/2^n を示せば十分です。
例として n = 3 の場合を証明しましょう。
そのためには 1/8-*>0 を示さなければいけません。
次は 1/8-* の図
●●●●●○○○○ ○○○●●●
●┼┼┼┼○┼┼○ ○●┼●┼●
●●●●●○○○○ ○○○●●●
(1) 黒先の場合
黒1 右でツギ
白2 左で出
黒3 左で守り(次図)
●●●●●○○○○ ○○○●●●
●┼┼◆◇○┼┼○ ○●◆●┼●
●●●●●○○○○ ○○○●●●
黒1目勝ち。
(2) 白先の場合
変化1
白1 右でツギ
黒2 左で守り
●●●●●○○○○ ○○○●●● アゲハマ:黒石1
●┼┼┼◆○┼┼○ ○┼◇●┼●
●●●●●○○○○ ○○○●●●
持碁なので黒勝ち。
変化2
白1 左で出
黒2 右でツギ
白3 左で出
黒4 左で守り
●●●●●○○○○ ○○○●●●
●┼◆◇◇○┼┼○ ○●◆●┼●
●●●●●○○○○ ○○○●●●
持碁なので黒勝ち。
(3) 黒先でも白先でも黒勝ちなので、
1/8-*>0 すなわち 1/8>*
です。
■無限小 ↑、↓ (アップ、ダウン)
次に同値な問題図を↑(アップ)と呼びます。
次が↑図
●●●●○○○○
●○┼┼○┼┼○
●●●●○○○○
↓(ダウン)は ↓=-↑ と定義されます。
↑図を目算するときには黒地-白地=0目と計算します。
黒先の場合は黒地3目、白地3目で黒地-白地=1目。
白先の場合は残りのヨセの権利を折半して
黒地(2+0)/2=1目、白地2目で黒地-白地=-1目。
この平均を取ると、黒地-白地=0目となります。
しかし、↑図では黒先と白先で結果が異なるので、
↑図は0目の地と同値ではありません。
↑は正の無限小の一種になります。
▲1. ↑>0
証明。↑図では、黒先なら黒1目勝ち、白先なら持碁で黒勝ちなので、
↑>0 となります。
▲2. ↑<1/2^n (n=1,2,3,...)
これは ↑ が無限小であることを意味しています。
例として n=3 の場合を示しましょう。
次は 1/8-↑ の図
●●●●●○○○○ ○○○○●●●●
●┼┼┼┼○┼┼○ ○●┼┼●┼┼●
●●●●●○○○○ ○○○○●●●●
簡単なので詳しい手順は省略しますが、
黒先なら黒1目勝ち、白先なら持碁で黒勝ちなので、
1/8 >↑ となります。
▲3. ↑* || 0 すなわち ↑ || *.
↑+* を ↑* (アップスター)と略記しました。
-*=* なので ↑* || 0 と ↑ || * は同値になります。
この結果は ↑ と * が比較不可能であることを意味しています。
↑>0 なので ↑*で黒先ならば * を消して ↑ を残す方が得です。
逆に白先ならば ↑ を * に変えて *+*=0 を残す方が得です。
↑* || 0 を証明しましょう。
次は↑*の図
●●●●○○○○ ●●●○○○
●○┼┼○┼┼○ ●○┼○┼○
●●●●○○○○ ●●●○○○
(1) 黒先の場合
黒1 右でヌキ (これで↑*が↑に変化)
白2 左で出 (これで↑が*に変化)
黒3 左でヌキ(次図)
●●●●○○○○ ●●●○○○ アゲハマ:白石2
●┼◆◇○┼┼○ ●┼◆○┼○
●●●●○○○○ ●●●○○○
黒1目勝ち。
(2) 白先の場合
白1 左で出 (これで↑*が**に変化、左右が見合いに)
黒2 右または左でヌキ
白3 左または右でツギ(片方の図が次図)
●●●●○○○○ ●●●○○○ アゲハマ:白石1
●┼◆◇○┼┼○ ●○◇○┼○
●●●●○○○○ ●●●○○○
白1目勝ち。
(3) 先手勝ちなので ↑* || 0 です。
▲4. ↑↑* > 0
↑+↑+* を ↑↑* (アップアップスター)と略記しました。
この結果は黒の立場で ↑ が2つあれば * に勝てることを意味しています。
黒は * を消して ↑ をできるだけ残した方が得。
白は ↑ を * に変えてできるだけ ↑ を消した方が得。
↑↑* > 0 を証明しましょう。
次は↑↑*の図
●●●●○○○○ ●●●●○○○○ ●●●○○○
●○┼┼○┼┼○ ●○┼┼○┼┼○ ●○┼○┼○
●●●●○○○○ ●●●●○○○○ ●●●○○○
(1) 黒先の場合
黒1 ↑↑*を↑↑に変える
白2 ↑↑を↑*に変える
黒3 ↑*を↑に変える
白4 ↑を*に変える
黒5 *を消す(次図)
●●●●○○○○ ●●●●○○○○ ●●●○○○
●┼◆◇○┼┼○ ●┼◆◇○┼┼○ ●┼◆○┼○
●●●●○○○○ ●●●●○○○○ ●●●○○○
アゲハマ:白石3
黒1目勝ち。
(2) 白先の場合
白1 ↑↑*を↑**に変える
黒2 ↑**を**に変える
白3 **を*に変える
黒4 *を消す(次図)
●●●●○○○○ ●●●●○○○○ ●●●○○○
●○┼◆○┼┼○ ●○◇◇○┼┼○ ●┼◆○┼○
●●●●○○○○ ●●●●○○○○ ●●●○○○
アゲハマ:白石1
持碁で黒勝ち。
(3) 黒先でも白先でも黒勝ちなので ↑↑*>0 である。
▲5. 「(2個以上の↑)+*」または「1個以上の↑」での黒番必勝法
「(2個以上の↑)+*」または「1個以上の↑」のヨセ問題図は、
目算の立場では持碁になってしまうのですが、黒先ならば
以下の手続きで手止まりを打って黒は1目(以上)勝つことができます。
(1) *の個数が奇数個ならば*をひとつ消す。
(2) *の個数が偶数個ならば↑をひとつ消す。
■数の部分の無視について
目算結果を0目にするために、*、↑にはそれぞれ白地1目、2目の形を
付け加えてありました。目算結果ではなく、ヨセの最善手順だけを
知りたい立場では、付け加えた白地1目、2目の部分を無視できます。
段階のヨセになっていない見合い1目(出入り2目)の後手ヨセは、
数の部分を除いて*に同値になります。
だからヨセの最善手順を知りたい立場では
*とは見合い1目(出入り2目)の後手ヨセのことだと
思っても構いません。
見合い1目の後手ヨセで、黒が打つとそれで終わり、
白が打った後の形が段階のヨセになっていないような
見合い1目(出入り2目)の後手ヨセは、
数の部分を除いて↑に同値になります。
■1目のヨセへの応用
見合い1目以下(出入り2目以下)のヨセしか残っていない状況で、
もしもヨセの各部分を*、↑で表示できたなら、
前節の方法で最善の手を打つことができます。
たとえば
http://senseis.xmp.net/?CorridorInfinitesimals
で証明されているように、次図は ↑↑* に同値であることを示せます。
●●●●●○○○○○
●○┼┼┼○┼┼┼○
●●●●●○○○○○
前節で述べたようにヨセの最善手順を知りたいという立場では
この図の白地3目の部分を無視できます。
さらに囲碁の算法の紹介が次のブログにあることも発見できました。
http://karoku01.mediacat-blog.jp/e41568.html
次のPDFファイルの後半も見て下さい。
http://homepage1.nifty.com/ta_ito/fit2008/teigo-fit.pdf
1目のヨセの世界で先読みの力だけに頼って
手止まりを打つことは容易ではありません。
しかし、囲碁の世界にひそむ無限小をうまく利用すれば
先を読まずに最善手を打つことができるようになります。
■その他の無限小について
*と↑で表現できる無限小はたくさんあるし、
*と↑で表現できない無限小もたくさんあります。
囲碁の世界に住んでいる様々な無限小については以下のリンク先を見て下さい。
http://senseis.xmp.net/?path=CGTPath&page=Introductio...
http://senseis.xmp.net/?path=CGTPath&page=MoreInfinit...
http://senseis.xmp.net/?path=CGTPath&page=PlayingInfi...
■最後に
以上は1目のヨセへの「組み合わせゲーム理論」の応用の話でしたが、
ヨセの先手後手の構造を理解するために「組み合わせゲーム理論」の
考え方を応用することができます。
よくあるヨセの解説書ではヨセを
「(両)後手」「(片)先手」「逆ヨセ」「両先手」の4種類に分類します。
しかし、両先手になるかどうかは周囲の状況によるので、
ヨセの考え方を正確に伝えるためには注意が必要になります。
王銘エン著『ヨセ・絶対計算』では、
ヨセが先手になるための条件は説明してありますが、
両先手の話は書いてありません。それどころか、
第5章テーマ1図は通常「両先手」に分類される二線のコスミが
後手ヨセになる場合が扱われています。
『ヨセ・絶対計算』はまれに見る名著だと思います。
『ヨセ・絶対計算』で解説されていることがらに
「組み合わせゲーム理論」のヨセ理論への貢献を加えれば、
最新のヨセ理論ができあがることになるはずです。
以上です。
コメント
11月04日
02:56
1: -
はじめまして。
な、なんなんだー????
全然分かんないぞ……?
11月05日
06:10
2: ねここねこ
ぴかぐりさんは大学で数学を教えてるんですよ~。
囲碁じゃなくて証明問題みたいですね(笑)
11月05日
19:41
3: ぴかぐり
Miserablerさん、はじめまして。
これ、実際に難しい話です。
とある大学の数学科の先生が大学4年生相手に
この話のネタ本『囲碁の算法』でセミナーを開講したそうです。
アマゾンでこの本は古本で2万円もするんですね。
買っておいて良かった!
どもども、ねここねこさん。
僕自身のお勉強ノートみないなものなので、
こういう書き方になってしまっています。
P.S. 「不等号の微妙なヨセ研究への簡単な応用」の節を追加。
問題が二つ追加されています。
次の図のヨセで黒は右と左のどちらに出るべきか?
○○○┼○●●●●●○┼○○○
○●○○○○○●○○○○○●○
○●●┴┴┴┴●┴┴┴┴┴●○
次の図のヨセで黒は右と左のどちらに出るべきか?
┼┼┼┼○●●●●●○┼○○○
○○○○○○○●○○○○○●○
○┴●┴┴┴┴●┴┴┴┴┴●○
1目未満の超マイクロな問題です。